息子の姿を毎日すぐそばで見ているのは、私です。息子の少しずつ変化していく姿を私は当たり前に思っているため、「いつのまにか」できるようになっていることもたくさんあります。
また、私は仕事柄、教育の勉強を重ねてきました。託児所で子どもを見ていた経験もあるため、子どもの事に関しては結構知っているつもりでいました。私にとって、息子の行動の大半は、本で読んで知っていたり、託児所の子どもを見て知っていたりすることばかりでした。
しかし、そうした私にとっての「知っているつもり」が、「目の前の子」を見る視野を狭めさせていることに気づきました。私は息子と離れる機会がないため、「息子とはこういう子どもだ」と、無意識に決めつけてしまっていたのあるかもしれません。
その一方で、旦那は自分の子を持つまで、子どもと関わったことがあまりなかったため、様々な発想で子どもの行動を捉えます。また、旦那は子どもと週末しか会えないこともあり、何もかも新しい視点で息子を見ることができます。
そのため、旦那が子どもと一緒にいるときは、「新しい発見」ばかりで楽しいようです。友達の子どもに久しぶりに会うと、とても成長したように見えるのと同じですね。
以前、初めて家族で公園に行った時のことです。息子は私たちの側で遊んでいましたが、しばらくするとハイハイで遠くに行くようになりました。その姿を私たちはじっと見守っていました。だいぶ遠くまで行った後、息子が何かを手に取ったようです。松ぼっくりでした。
しばらく眺めていたのですが、ふっと私たちの方を見たのです。私たちと目が合うと、にこにこしながら、すごいスピードでこちらへ這ってきました。そして、私の足元に来て松ぼっくりを見せてくるのです。
息子はその頃、私に物をくれるような素振りを見せるけれど、実際にはくれないという行動を繰り返すのがブームになっていました。そのため、いつもと同じように「ああ、見つけたのね。よかったね。」とあっさり返しました。
しかし、それを見たときの旦那の発想は違いました。
「戦利品を見せに来たんだね」
戦利品を見せるということは、誉めてほしかったり、認めてほしかったり、共有したいことがある時にしている行動なのかな?と考えました。そう思ったら、ちゃんと目の前の彼を見てあげなくちゃ!と、考え方をリセットすることができたのです。
それからというもの、何かを手に持って、私に見せるような素振りが見られたら、必ず「わぁ!いい物見つけたのね!良かったね~!」などと、大袈裟なくらい、一緒に喜ぶようにしました。私は斬新な考え方を常に持てるよう、今までに学んだことは一度横に置いておいて、目の前の息子をしっかりと観察するようにしました。
育児書やブログの内容などはそのまま当てはまるわけではありません。育児書やブログはあくまで「指標」であるという意識で、常に真っ白な考え方で子どもと向き合えるようにすると良いかもしれませんね。