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  6. 知的障害のある娘の運動会で感じた「大人が子どもから学ばされること」

知的障害のある娘の運動会で感じた「大人が子どもから学ばされること」

知的障害のある娘の運動会で感じた「大人が子どもから学ばされること」のタイトル画像

子どもたちの運動会は、親にとっても一大イベントでもあると思います。私にとっても、心に残る運動会のシーンが沢山ありますが、特に印象深かった思い出を紹介させていただきます。知的障害のある娘は、地元の小学校へ入学しました。

出典:https://instagram.com/p/8FHuetAnGA/
目次 子どもは、子ども同士で・・・
チームは負けているのに、友達が頑張ったことを喜び合ってる子ども達の姿に感動
学年を越えての声援の声に、また感動
ハッとさせられた高校生たちの言葉
インクルーシブな社会を作るために、大人が子ども達から学んでいこう

子どもは、子ども同士で・・・

知的障害のある娘は、地元の小学校へ入学しました。走るのは他の子の倍以上遅くて、団体での演技も上手にできません。手を引いてやらないと、勝手にどこかへ行ってしまいかねません。ただ、人と違った動きをしているので、娘がどこにいるかは探さなくてもすぐにわかりました。

そんな娘のことを、保育園の時ですら、先生方はなるべく黒子に徹して、他のお友達に娘を委ねてくださっていました。お友達も必死で娘の手を引き、目指す場所へ連れて行ってくれていました。

チームは負けているのに、友達が頑張ったことを喜び合ってる子ども達の姿に感動

小学校の時は子ども達の応援がすごかったです。娘の出番のときは、親も先生方も、かなりドキドキしていました。ちゃんと走ってくれるだろうか?座り込んだりしないだろうか?競技中に自傷して、パニックにならないだろうか?そんな事を思っていましたが、実は同じ学年の子ども達も同じ思いでいてくれたのだと、あとから気がつきました。子ども達が必死で声を張り上げ、「ちぃちゃーん!がんばれーー!」と応援してくれている姿に、私は感激して涙腺がゆるくなりっぱなしでした。

娘は練習中、座り込んだりやる気がなかったりすることも多く、その様子を連絡帳で教えてもらっていましたが、当日の本番では結構真面目に取り組んでいました。娘は娘なりのスピードで、娘らしく必死に走る中、周りの子がどんどん抜かしていき、そして差は広がっていきます。

でも、座り込んだりもせず、娘なりにはがんばってくれたんじゃないかな?と、私は満足していました。負けちゃったから他の子たちにはちょっと申し訳ないなぁとは思いつつ、それまでの子ども達の関わりを見ていたので、怒るような子はいないだろう、とも思っていました。

声をかけようと、子ども達の座席の後ろへ近づくと、皆で「ちぃちゃん、がんばってたなぁ~。」と口々にそう話す姿を目撃しました。女の子だけではなく、男の子達までうれしそうに話してくれていました。チームは負けていましたが、娘がちゃんと走ってがんばってくれたということが、子ども達にとってはとてもうれしかったようです。

その様子を見て、あまりにうれしくて気持ちを抑えきれず、涙がボロボロと溢れ大号泣してしまい、声をかけることができなくなっていました。“なんて、ステキな子ども達なんでしょう?”と思いました。

学年を越えての声援の声に、また感動

また、別の年のことです。娘のお兄ちゃんは年子で、お兄ちゃんの友達の何人かが娘のことを知っていたので、最初は数人の友達が「ちぃちゃーん、がんばれ!ちぃちゃーん、がんばれ!!」と、応援してくれていました。その声援はやがて、お兄ちゃんの学年全部の声援へと広がり、運動場に大きく響き渡っていました。それもまた、うれしくて・・・。


毎年運動会のシーズンになると、当時のことを思い出してしまいます。もちろん他の学年のときもステキなことはいっぱいでした。

ハッとさせられた高校生たちの言葉

ただ、これらの話を高校で講演させてもらったとき、その時の高校生の感想の中には、『親御さんは、そんなことで感動するのか~と思いました。なら、もっともっと○○すればよかったと思いました。』とか『勝ち負けよりも、みんなでがんばったことの方が楽しいに決まってるやん!』などと書いてあり、ハッとさせられました。

つまり、親はいちいち感動したり感激したりするけど、障害のある子と一緒に育ってきた子ども達は、なんでこんなことに感動するん?フツーの当たり前のことやん!という感覚のようでした。

特に最近では、なんでも競争、一番がいい!という価値観が根強いように感じるのですが、そうではなく、同じゴールに向かって、仲間同士が互いに協力し合って頑張ること、それこそが本当に大事なことなんだと気がつきました。

インクルーシブな社会を作るために、大人が子ども達から学んでいこう

子ども達はうまくできない子がいても、その子なりにがんばっていたらちゃんと認めることができる。これは障害があるなしは関係ないのだと思いました。そのことは大人である私達の方こそ、子ども達から学ぶ必要があるのではないかと思いました。これから日本も、こども一人ひとりのニーズに合ったインクルーシブ教育の時代へと進んで行くと思います。子どもたちに負けないよう、大人もその意味を一緒に考えていかなければと思っています。

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この記事を書いた人

井村よしみ

大阪府在住。子育て支援の活動を少し、最近は、ガラスアクセサリー作りをしています。
娘は最重度の知的障害があり、地域の小中学校、支援学校高等部を経て定時制高校に...

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