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神聖なるものへの謙虚さ~イスラム教徒が教えてくれる、子どもの教育にとって大切なこと~

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日本に住んでいると、イスラム教と聞くとマイナスのイメージを持つ方も少なくないのではないでしょうか?しかし旅人の中では、イスラム教徒の人々への評価はとても高いのです。それはなぜなのか?そこには教育に関するヒントも隠されているのです。今回は、そんなイスラムと教育のことについてまとめてみようと思います!

イスラム教は怖いと思っていませんか?

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ある学童に講演に行った時のことです。僕は本当にビックリしました。なんと、子どもたちが「イスラム国だ~、バンバン!」と言いながら、銃を撃つ真似をしながら遊んでいるではありませんか。



日本の報道を見ていたら、確かにそうなってしまうのも無理がないと思います。しかし、それがイスラムの本当の姿なのでしょうか。それどころか、教育にとって大切なエッセンスがたくさん含まれてもいるのが、イスラム教だと僕は思っています。

イスラムから学ぼう!神聖なるものへの謙虚さ~

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イスラム教には、いわゆる「六信五行」という、イスラム教徒が信ずべき六つの信条と、実行すべき五つの義務があります。これこそがイスラム教のエッセンスなのですが、この中には、今の日本の子どもの育成にとっても、非常に参考になる点があると僕は思うのです。



その1つが、神聖なるものへの謙虚さ。イスラム教では、アッラーという唯一絶対の神を信じ、毎日欠かすことなく礼拝をします。写真はイランにあるイスラム教の一大聖地、マシュハドという町なのですが、その信仰の深さのエネルギーには圧倒されますよね。

人間の叡智が及ばないものの存在を意識することの大切さ

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誤解をしないでほしいのですが、僕は決してイスラム教の全てを大絶賛しているわけではありませんし、イスラム教徒でもありません。しかし、イスラム圏を旅する中で、教育に関わるエッセンスをたくさん感じてきました。



今の日本は「無宗教」だとよく言われます。しかしそんなことは決してありませんし、毎日何気なく唱える「いただきます」だって、さりげなくやっている手を合わせる動作だって、全て宗教的なものから来ている動作です。



そういった面から言えば、無宗教ということはあり得ないわけですよね。しかし今の日本は、そのような面をすっかり忘れてしまっているのではないでしょうか。



ちょっと飛躍してしまいますが、それはご先祖さまや目には見えない大いなるものへの感謝の気持ちもまた、同時に忘れ去られかけているのではないかと思うのです。さらに言うと、周りの存在によって自分は「生かされている」という、謙虚な気持ちを忘れかけているのではないかとも言えるのではないでしょうか。

物質面だけでもなく、精神面だけでもなく。バランスの取れた子どもの育成の大切さ。

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往々にして、今の日本は個人が大切にされています。そして物質主義が蔓延していると言えるでしょう。いわゆるそれは西洋的な価値観ですが、その価値観の存在が強くなりすぎてしまい、子どもたちの心もバランスを崩してしまっているのではないでしょうか。



とは言っても、僕はもちろん西洋的な価値観を全て否定しているのではありません。個人はもちろん大切ですし、モノだってもちろん大切です。



しかし同様に、人間の叡智が及ばない崇高なものも確かに存在しているのであり、個人として「生きている」のと同様に、また「生かされている」存在であることを感じることもまた、非常に重要なのではないでしょうか。



だからこそ僕は、このイスラム教の「神聖なるものへの謙虚さ」に、今の日本人は学ぶことが多くあるんじゃないかと思っているのです。そして、これからの子どもの教育の中にももう少し「神聖なるもの」への意識を育んていってもいいんじゃないのかな、と考えています。



結局はバランスですよね。仏教で言うところの「中庸」です。つまり、どちらかに偏り過ぎるのではなく、バランスの取れた心地よい状態を保つということ。今の日本は、大人も子どもも、そのバランスが少し崩れてしまっているのではないでしょうか。もちろん教育という面においてもです。



学校での教育でも、あるいは日々の子育てでも、ちょっとだけ「神聖なるもの」を意識してみることも大切なのかな、と僕は感じています。



最後までお読みいただき、ありがとうございます!皆様の子育てにとって、この記事が少しでも何かのヒントになりましたら幸いです。

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この記事を書いた人

ふじもん先生

大学卒業後、プロスキー選手として国内外で活動。夏季は沖縄県石垣島でシーカヤックやシュノーケリングのガイドもするなど、自然が大好き。引退後、ワーキングホリデーにて...

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