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私が一番じゃなくていい。子の短冊の願い事から悟る、夫婦の役割分担

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季節のイベントでもある「七夕の短冊にお願い事を書く」。
子ども達が書いた願い事に衝撃を受けつつ、私がママ5年目にしてやっと腑に落ちたこととは……?


パパっ子の息子が書いた短冊に


「大きくなったら大工さんになって、家を作ってパパと暮らしたい」5歳の息子が七夕の短冊に書いたお願いです。

そこに「ママ」である私は登場しませんでした。

パパ大好き!な息子。


保育園で、母の日だからママの似顔絵を描こう!という制作の時でも、パパの似顔絵を描くほどのパパっ子です。
そんな息子のことを、パパも溺愛しています。

一方で、ママである私に対して息子はかなりの塩対応。

歯磨きの仕上げ磨きも、夜の絵本の読み聞かせも、トイレの付き添いも「パパがいい!ママはいや!」と、一貫しています。

わが家の家族構成は、夫、私、5歳の息子、4歳の娘。

息子がまだ小さいころは年子育児で余裕が無かったとはいえ、愛情はしっかり伝えてきたつもり。

なのに、いつも拒絶されてしまうことに、私はずっと悩んで苦しんでいました。

周りに相談しても、だいたい「気にしなくていいんじゃない?」という反応が返ってきます。

「男の子ってそんなものなんじゃない?」

「パパに行ってくれたら自分がラクになるし、いいじゃん!パパも育児に協力的で羨ましいよ~」

でも、そう言われても私は「よし、そうだな!気にしないようにしよう!」とはなかなか思えなかったのです。

私が一番じゃなくていい。子の短冊の願い事から悟る、夫婦の役割分担の画像1
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ママっ子だと思っていた娘の短冊にも、まさかの……


息子に迷いなく選ばれる夫。

それを寂しい気持ちで見つめるなかで、4歳の娘の方はというと、お風呂や寝かしつけなどの様々な生活シーンで、ママである私を頼って来てくれました。

それが私の中である意味救いのような存在でした。


ですが先日、すごく衝撃的なことが起こりました。

今年の七夕の短冊に書く願いごとを娘に聞いてみたところ、こう答えたのです。

「パパみたいにお勉強もお料理もできる大人になりたいの」

……え?

ママは?

私のこの家での存在意義って……


一瞬にして色々な考えが頭を巡ったものの、態度に出すわけにもいかず「そうなの~いいね~」と言いながら、その時は2人で短冊を完成させました。


楽しそうな娘の前で表面上はニコニコしてはいましたが、心の中はぐちゃぐちゃでした。


私が一番じゃなくていい。子の短冊の願い事から悟る、夫婦の役割分担の画像2
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ママ5年目にして思う夫婦の「役割分担」


息子がどんなに塩対応でも、娘が自分の方へ来てくれるから、私はメンタルの安定が保てている部分がありました。

その娘にも選ばれなかったんだ……というモヤモヤが私の心を暗く覆っていました。


思い返せば、息子が1歳、娘が0歳の時から苦労してワンオペ育児をしてきたのは私なのに。

家に全然いなかった夫の代わりに、育児も家事も仕事も1人で必死にやってきたのに。



子ども達のしつけも、注意するのも私の担当。

一方で、叱られた子ども達のフォローや、楽しく遊ぶのは夫の担当。

私って、すごく損な役回りでは?



……

悲しくて、イライラを募らせる中で、家族に対する自分の口調や態度がキツくなっていくのを自分でも感じました。

そうなると、いっそう私の周りに子どもは近寄ってきません。

そして結局、そんな子ども達を優しくフォローする夫。


寂しい、すねたような気持ちを抱えながら、一歩引いてその光景を見ていた時、私は唐突に気付きました。


「ああ、夫がしていることは私にはできない役割だ」と自覚したのです。





短冊をきっかけに気付いたこと


夫は、非常にコミュニケーション能力が高いタイプ。

特に人の気持ちを受け止めるスキルがとても高い人です。


老若男女問わず、夫の周りに人が集まるのはそういうところなんだと思います。


一方で、叱ったり注意したりということは気が引けるらしく、子ども達にもあまり注意をしません。

そんな中でいつしか、私がしつけ担当、夫が遊びやフォローの担当に自然なっていきました。


夫婦で役割分担するのは、ある意味当然のことです。

でも、私はどうしてもそれに納得できていませんでした。



だって、私だって叱ってばかりではなくて、楽しく遊びたいじゃないですか。

でも。

どうしても私にできないことがあるんだと、今回の件で腑に落ちました。



例えば私は夫のように、気長に子ども達の気持ちに寄り添うことができません。

でも夫は、子ども達が理不尽に怒っていたり、興奮して何を話しているのかわからないような状態だったりしても、穏やかに微笑みながら話を聞いています。

その時間は、親子関係にとって、とても大事な時間だと思います。

それを子どもたちにしてあげることについては、私より夫の方が得意なのでした。



こんな風に家族全体でバランスがとれていれば、子ども達にとって私が一番じゃなくてもいいか、と初めて思えたのです。


私はこれまで、叱ることも、遊ぶことも、フォローも全部できれば、息子も私のところに走って来てくれるのではないかと思っていました。

私が全部できるようになれば、息子が私を一番に選んでくれるのではないかと期待していたのです。

自分で言うのもなんですが、子ども達がもっと小さいころ、年子の2人を育てることに苦労した不憫な自分を、何とかして報われるようにしてあげたいという気持ちもあったのだと思います。

だから自分なりにそれができるように本を読むなどして勉強していました。



でも、もう無理しなくてもいいかなと思えるようになりました。

私ができない分は、夫に任せる。

自分が子どもにとっての一番じゃなくてもいいのだと。



あとは、「ママなのに、パパより存在感が無いなんて」という、世間一般で言う「ママの定義」から外れたくないという世間体を気にした自分の思い込みもゆっくり手放せたらいいなと思っています。

そして夫と話をして、たまには夫からも叱ってもらい、あえて私がフォローするシーンを作ってもらうことをお願いしました。叱ってばかりで、子どもとの距離が開いてしまうのはやっぱり寂しいですもんね。

また、例の娘の七夕の短冊については、夫からすると「あめのがいつも俺のことを、娘ちゃんに良い風に言ってくれるからじゃない?」ということでした。

気持ち的にネガティブになっていた私には気付けない視点でした。(こういうのも夫婦の役割分担ですよね。)


七夕の短冊に書く願い事をきっかけに私が気が付くことができたのは、もっと肩の力を抜くことでした。



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この記事を書いた人
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あめの

3歳息子と2歳娘の母、あめのです。

年子育児に奮闘しつつ自分と向き合う日々は
慌ただしいですが宝物です。...

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