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親は過保護すぎてうっとおしい…から一変!出産で気づいた溢れる愛情

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自分が子育てをしてわかったのは、育児の大変さだけではなく、自分がどんなに大切に育てられてきたのか、ということ。2度と実家に帰るまいと思っていた私が、予定外の里帰り出産で、変わった心境をつづります。


自分が子育てをしてわかったのは、育児の大変さだけではなく、自分がどんなに大切に育てられてきたのか、ということ。



自分が子どもに対して抱く愛情や慈しみ。

こんなに深い愛情を、自分も親からもらっていたのか!と驚きました。


と同時に、自分が我が子からいつか必ず反抗される日が来るという予感も、セットでやって来たのです。

過保護すぎる愛情が鬱陶しかった実家時代


私の両親はかなり過保護で心配症です。

小学校から大学卒業して実家を出るまで、門限、外見や服装のチェックやダメ出しも多く、窮屈な思いをしていました。


友達と遊びに行く前は必ず「どこに、誰と行き、何をするのか」を報告。

大学に入学し、成人しても門限は20時。

それを過ぎると何度も何度も携帯に着信が入り、帰ってからは機嫌の悪い両親からお説教。


また、外見は清楚なお嬢様スタイルが好みだった両親。

派手な服装や外見は通学中に変な人に目をつけられる、と思っていたようです。



大学に入学し私服通学になってからは、朝出かける前にメイクが濃ければクレンジングで落としてやり直し。

Vネックのニットは露出が多い!とダメ出しされ丸襟に着替えることに。



そんな実家の方針を窮屈に感じ、私は就職を理由に一人暮らしを始めました。

就職してからは母親から毎日のように着信がありましたが、忙しかったこともありたまに無視したり、折り返しもしなかったことも。

今、母親の気持ちを思うと申し訳ないのですが、当時の私には「放っておいてほしい」という気持ちしかありませんでした。


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出産トラブルで、予定外の里帰り

親元を離れ、自由を手に入れた自分。

「1人暮らしをして親のありがたみがわかった」という話をよく聞きます。

ですが、私にとっては監視されるような毎日からの解放感の方が強く、感謝するよりもむしろ「もう二度と実家には戻らないぞ」と固く決意していました。


そして就職した土地でご縁があり、そのまま結婚。

妊娠発覚後、「里帰り出産しますか?」と医師から聞かれましたが、私は「その予定はありません」と即答していました。

実家に帰った方が気疲れすると思ったからです。



ですが1人目の息子を出産後、私は本来の予定に無かった里帰りをすることに。

私の初産は、早期胎盤剥離による緊急帝王切開での出産でした。

出産予定日より1ヵ月早い早産児。

息子は体重が少なかったこともありNICU(新生児集中治療室)に入ることに。

後遺症が残る可能性もあるという医師からの説明を受け、私は心身ともに疲弊していました。


出張で不在がちな夫がそんな私を心配し、里帰りをすすめてくれたのです。

産後ウツになりかけ、両親の想いに初めて気づく

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実家でも部屋にこもりがちの生活が続き、(自分では気づかなかったけれど)家族から見ると産後鬱のようになっていた私。

そんな私を見かねて、父親が外に連れ出してくれました。


出かけた先は景色の良い高台。

久しぶりに外の空気を吸って、少し気分転換ができました。

そして父親は、「孫も可愛いけど、自分は娘のあなたが一番かわいい。だから無理しないで欲しい」と言ってくれました。

「親の威厳」を何より大事にし、亭主関白だった父親。

そんなことを言うタイプではなかった父の言葉に驚きつつも、愛情の深さにものすごく感謝の念が湧いてきました。


また、食事面や赤ちゃんのお世話の面で、母親には本当にお世話になりました。

「自分の子どもに同じことはできないな」というくらいフォローしてもらったことも、心から感謝しました。



そして今さらながら、両親が私にしてくれた色々なことを思い出しています。

小学校のころ小児喘息になり、1ヶ月ほど入院していた私。

父親が毎日のようにお見舞いに来て、そのたびに1冊本を持ってきてくれました。

家から約1時間かかる職場に通っていた父親。

仕事命で管理職だった父親が、面会時間に間に合うように職場を出るのは本当に大変だったと思います。

でもそのおかげで、私は本がいっそう好きになりました。

この時に身についた読書の習慣は、今の自分に大きな影響を与えたと思っています。



スイミングやピアノなどの習い事に週3回、毎回付いて来てくれた母親。

その頃の母親はフルタイムで働いていましたが、家事はすべて母親の担当。

ものすごく忙しかっただろうに時間を捻出してくれていました。



自分も育児しながら働いている今、その苦労を思うと申し訳ない気持ちになります。

そんな色々なことを、さも「当たり前」のような顔で受け取っていた自分が恥ずかしいくらいです。

親からの愛情の深さと、親になってわかったこと

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私は今2歳と1歳の年子を育児中です。

「子どもがとても可愛い!」と思う日も、「育児ツラすぎて向いてない…」と思う日も両方あります。

そんな時思うのが、親もそんな思いをしながら、私を一生懸命育ててくれたんだなということ。



思春期から家を出るまでは、何かと心配して干渉してくる親が鬱陶しいと思うばかりでした。

「親は何もわかってくれない」
「もっと私を信じて、自由にさせて欲しい」と。

ですがそれは、親なりの精いっぱいの愛情の形だったんだと今は理解できます。


私の行動を制限して把握することで、私を世の中にある色々な危険や悲しみから守ろうとしていたのだと思います。

昔は、親から電話がかかってくると着信画面を見ただけで気分が重くなっていました。

自分のやることについて何か言われると、否定されたような気分になっていました。



ですが今は、私を思って言ってくれているんだな、と素直に思えるように なりました。

親から子供への愛情は、基本的には一方通行だけど

私もかつてそうだったように、子どもが親に対して必ず反抗する時期がくるでしょう。

親を否定することで、「自分らしさ」を形作る時間が必要なので、それは仕方のないことなのかもしれません。


「親は何にもわかってくれない」「過保護で鬱陶しい」と思っていましたが、いつか自分が子供からそんな風に思われるのか…!と思うと、いまから胸が苦しくなります。笑

でもいつか私のように、親の子どもに対する思いや愛情に気づいてくれることを信じて。

子どもたちを愛情いっぱいに育てていきたいと思います。

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この記事を書いた人
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あめの

2歳息子と1歳娘の母、あめのです。

年子育児に奮闘しつつ自分と向き合う日々は
慌ただしいですが宝物です。

育児・美容情報などをまとめたサイト「あめ...

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