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公開 2018年04月13日  

親になっても、好きな気持ちに嘘はつけない。19話 / side満(2ページ目)

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転職先候補である名古屋にあるフォトスタジオを見学した翌日、内見した実家近くの戸建ては夫婦ともに理想通りの家だった。転職するとなると引っ越しも確実。「新しい可能性」を広げるため、満は迷いながらも真剣に転職に向けて準備を始める――。




――翌朝。

早めに家を出た俺は、新豊洲駅近くのファミレスでノートパソコンを開き、履歴書を書いていた。


  「ふ…わぁぁ」


昨夜、ついつい遅くまでデザイン画を描き、こたつで寝落ちした俺は2分に1回のペースであくびをしている。

再びあくびが出そうになっていると、スマホが鳴り、ケンゾーから電話が掛かって来た。

なんだろ? 思わずドキッとしてノートパソコンを閉じる。


  「…はい、もしもし」

ケンゾー  「おはようございます。今日、近くで撮影なんです。みんな満さんに会いたがってるし、ランチどうですか?」

――昼、本当は貴重な昼休みを転職のことに使いたいけど、そんなこと言えるわけもなく、俺は指定されたこじゃれたカフェに入った。



現場に出ているアシスタント数名とケンゾー、そしてなぜかケンゾーの横に黒沢がいる。

今日は暖色系の毛糸を何本も使ったであろうニットワンピを着ている。

しかし…この子の技術すごいな。


  「…あれ、黒沢さん…今日はララウに出社の日じゃないよね?」

ケンゾー  「あー、さっきばったり会ったんです」

黒沢  「…たまたま」


…おいおい、ストーカーしてないよな?

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席につき全員が注文を終えるとアシスタントたちが次々に話し出した。


「上野さんはやり手だけど、言葉がきついからみんな萎えてますよ」

「やっぱり満さんがいいんです」

「俺たち満さんをマネージャーに戻してほしいって社長に話そうと思ってるんです」


転職のことばかり考えていた俺は胸がズキッと痛む。


ケンゾー  「満さん実際どうなんですか? お直し業務の方は」

  「みんなの技術がすごいから、業務自体は今のところ成功してるって言える感じだよ。フリープランにとっては良かったと思う」

ケンゾー  「そうじゃなくて、満さんがどうなんですかって聞きたいんですよ、僕は。このままでいいんですか?」


良くない。良くないから転職活動をしてますなんて言えない。

ごめん、ケンゾーくん、みんな…。


  「楽しくは…ないよね。はは。お直し業務って言っても、俺は電話担当だしね。もはや服と関係ない仕事だよ。…で、今日はどんな案件の撮影なの?」


自分のことを突っ込まれるのが嫌で俺は早々に話題を変えた。

昼休憩がそろそろ終わる頃、俺がまとめて支払いを済ませると、アシスタントたちは口々に「ご馳走さまです」と言って出て行った。

領収書をもらっているとケンゾーだけは外に行かず、俺の横に立ち止まった。


ケンゾー  「満さん、今度Bun'kitchenでご飯食べません? キリコさんと奏太くんも一緒でいいので。うちもさっちゃん連れて行きます」

  「あー、うんうん、そうしよう」

ケンゾー  「……」

  「…なに?」

ケンゾー  「いや、別に」


ケンゾーに心を読まれそうで、俺は再び話題を変えようと耳打ちする。


  「それよりさ…黒沢さんとどこでばったり会ったの?」

ケンゾー  「あー…撮影現場の近くですよ。けっこうばったり会うんですよ、黒沢とは」

  「え……」

聞かなきゃよかった。


――その日も俺は定時で退社。帰りの電車の中で転職本を読もうとして手が止まる。

みんなに戻ってきてほしいって言われたな…。

みんなは俺がいつかマネージャーに戻ると思ってるのかな。

俺が転職するって知ったら…がっかりするかも。

でも…。

ふぅ、と鼻から息を吐き、車窓からビル群を見る。

奏太は桜葉幼稚園のプレ、どうだったんだろう。

今夜はキリとこれからのことを話そう。

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▶︎▶︎ 次回、20話は、4/17(火)20時公開予定!

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※ この記事は2024年04月11日に再公開された記事です。

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