一緒にいられなかった娘がいる。
妊娠16週の診察で、赤ちゃんの心拍が止まっています、と宣告されて、そのまま入院となった。
医師の説明を聞きながら見つめたエコー映像の画面はただただ真っ黒に見えて、悪夢に吸い込まれていく感覚しかない。
翌日、陣痛促進剤を使って生まれたのは、わたしの手のひらにすっぽり収まってしまう大きさの、だけどお手々もお目々もとてもかわいい、まるでほとけさまのような、小さな小さな女の子だった。
3月だったので、わたしと夫くんはその娘に「やよい」と名付けた。
やよいちゃんがくれた、どうしようもなくかなしいのに、世界がきらきらと輝いて見えた不思議な時間のことを、わたしたち夫婦はずっと覚えている。
妊娠16週で流産。どうしようもなく悲しいのに、キラリと見えた世界<第三回投稿コンテスト NO.94>
13,927 View妊娠16週の診察で、赤ちゃんの心拍が止まっている、と宣告された三月ちひろさん。最後のお別れの前日に旦那さんと訪れたのは、ショッピングモールでした。
それは、やよいちゃんを失って、退院した日のこと。
病院に迎えに来てくれた夫くんが運転する車に乗って、わたしたちは新しくできたショッピングモールに行った。
もう、明日の朝には、焼き場で最後のお別れをすることに決まっていた。
さようならをする前に、せめておとうさん、おかあさんとして、やよいちゃんにプレゼントをあげたい。
まだ心も体も沈みきっている状況で、平日朝のショッピングモールを夫くんと歩いた。
2人で選んだのは、どうぶつの模様のピンク色のハンカチだ。
このハンカチに、わたしの手で「やよい」とお名前を刺繍をしよう。
小さな棺に入れて、一緒にお空に昇ってもらうのだ。
だってやよいちゃんは小さすぎるから、自分でお名前が上手に言えないかもしれない。
このハンカチを持って行けば、おとうさん、おかあさんのおじいちゃんたちが、きっと見つけてくれるからね。
おかあさんとして、やよいちゃんのための最初で最後のプレゼント。
その時、すごく強く思ったのだ。
「もっと、もっと」と。
この小さなハンカチだけじゃなくて、きれいな色のお洋服も、音が鳴る楽しいおもちゃも、美しい色の絵本も、ふわふわなおいしいものも、ショッピングモールには小さな女の子が喜びそうなものがいっぱい、いっぱい売っていた。
やよいちゃん、生きて産まれてきてほしかったよ。
おかあさんは、あなたにこの世のすてきなものを、あなたにあげたかった。
この世の中は、こんなにいっぱいすてきなものがあるということを、今この瞬間まで、おかあさんは知らなかったよ。
なにもかも、全部、買ってあげたい。
わたしの娘に、この世の中のきれいなものを、ぜんぶ。
失ったこと、それにまつわるいろいろなことは、言い表せないくらいかなしかった。
でも、あの3月から2年がたって、今になって思い出すのは、やよいちゃんをてのひらで包んだときの温かい気持ちと、ショッピングモールで夫くんと遭遇したきらきらした風景のことなのだった。
これで、いいよね、やよいちゃん。
温かい気持ちと、きらきらとした気持ちを、ずっと覚えているよ。
あなたがくれた思いを持って、いっしょうけんめい生きていくよ。
(ライター:三月ちひろ)
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