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公開 2018年08月31日  

中間テスト前、わが家の朝食に平和がもどってきた。/ 娘のトースト 4話(2ページ目)

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ある日をさかいに、またトーストを焼いてくれるようになった唯。部活の大変さをアピールしながらも、楽しそうな様子に、いつもの朝食が戻ってきて少し安心していた庸子だったが、あるものを目撃することで、整理仕掛けていた気持ちが揺らぐことになる…。



私は来た道を早足で戻り、公園の手前の角を曲がった。

そして、唯たちがすっかり見えなくなったあたりで立ち止まり、早口で中村さんに話しかける。

「すごく仲がいいんです、あの子たち。小学生の頃からいつも一緒で。中学生になって、クラスは別々になっちゃったんですけど、でも……」

「唯ちゃん、すごく、楽しそうでしたね」

焦って言葉を並べる私に、いつもと変わらない穏やかな笑顔で中村さんはうなずく。

あれ、もしかして、見えてない?私は「そうでしょう」と答えながら中村さんの表情をうかがい、また歩き始める。

喫茶店

どうやら大丈夫みたい。そう思うのと同時に中村さんが立ち止まり、「ちょっと、話して帰ります?」と先にある喫茶店を指さした。

ああ、やっぱり、見えてないわけないか。

「見えちゃった?」

「はい、見ちゃいました」

中村さんは苦笑いを浮かべている。私も気が抜けて、「ははは」とため息みたいな笑いがこぼれた。必死にごまかそうとして馬鹿みたいだ、私。

もし、時間があれば、という中村さんの言葉に「時間は、大丈夫」と答える。

夕食までにはまだ間がある。もう唯が帰ってくるかもしれないけれど、このままの気持ちで顔を合わせられる自信がない。中村さんの申し出は、すごくありがたい。

「じゃあ」と言って、中村さんは喫茶店のドアを開け、私も後に続く。店内にはほとんど客の姿がなくて、ホッとする。

「いらっしゃいませ」という声を聞きながら、奥の席に座ると、すぐに店員が水を持ってきた。私たちはメニューを開くこともなく、それぞれコーヒーを頼む。

テーブルに置かれた水を一口飲むと、自分の喉がカラカラだったことに気がついて、そのままグラスを一気に空にした。「もう一杯、もらいます?」という中村さんの言葉に、首を振る。

「どうすればいいんだろ。私。」

口に出した途端、深い深いため息が出る。両手で顔をおおい、くぐもった声で「もう、わかんない」とつぶやいた。

「大丈夫。宝箱を開けちゃったと思えばいいんですよ」

指の隙間からのぞくと、そう言った中村さんはにっこりと笑っていた。


次回、「庸子の話を静かに聞く中村さん。すると、中村さんから思いがけない話が…」

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※ この記事は2024年03月30日に再公開された記事です。

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