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「家族であっても他人だから」よりよい関係のためには『努力』が必要だ。

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以前、コノビーでも紹介された「家族サービス」という言葉への違和感。家族にはサービスするものなのか? まっかちんの結論を言わせてください。「家族との生活には、努力が必要だ。」

そもそも私はなぜ結婚したのか

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突然ですがみなさま、配偶者の方とどのように結婚を決めましたか?

私が結婚したのは26歳になる歳。

北関東で育ち、東京の大学に通っていたという属性からすると比較的早い方だと思います。

当時お付き合いをしていた現在の夫がすでに50歳という年齢だったため、結婚や子育ては早い方がいいかな…?と考えての結論でした。

そしてもうひとつ結婚を決めたきっかけがあります。
 
それは、大学時代に既婚者の先輩に聞いた

『誰と結婚しても、この人で良かったと思う場面も、もっといい人がいたのにと感じる場面も、どちらも起こりうる。

だったら今大切にしている人と結婚して、そのどちらも引き受けると決めること。

それが自分にとっての結婚。』


という言葉です。

この言葉が、私に結婚を決めさせました。

そう、結婚って、特定の配偶者を選択することであって、その他の可能性を捨てることなのです(何かを選ぶということは常にそういうことですが)。

頭では理解していたつもりですが、このことを実感したのは、実は子どもを産んでからでした。

そのきっかけは、子育てを自分が多く担当するうちに、『こんな環境は嫌だ!結婚やめたい!』と感じるようになったこと。

結婚は、必ず後悔するときがある。

後悔したときにどう動くのか。それが大切なのだと思うのです。


家族の中の関係は“気遣ってこそ”うまくいく。

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では、「結婚をやめたい!」と感じるようになったわたしが、今もなお結婚生活を続けられている理由はなんなのか。

それは、私も夫も、努力をしたからです。

 
私がした努力は第一に「伝える」ことと「待つ」ことです。

一方夫は、私の主張を理解し、実行するという努力をしてくれました。

正直、自分の要望を相手に伝え、理解してもらい、そして行動に移してもらうのは、非常に骨が折れる作業です。

でも私は何年もかけて、その努力をし、そして理解を得られたり行動に移されたりしたときには、それによって自分が幸福を感じることを伝えるよう心がけてきました。


私と夫にあった「家事」に対する考え方の違い


私と夫の関係で互いの認識に特にずれがあったのが、「家事の分担」でした。

食事の準備は平等に二分割したい私と、献立決定や調理が苦手なため、それらをしない分、他の家事で埋め合わせをしたい夫。

人には得意、不得意があることは分かりますが、それでも食事は毎日のことですし、一緒に食卓を囲みたいという気持ちがあればこそ(それは私と夫と共通の認識で、子どもが生まれてからは特にそうでした)、献立決定と調理は必要な業務であり、それが私だけにのしかかるのが非常にストレスでした。

何度もの話し合い、衝突の結果…5年間の結婚生活を経て得られたものは、小さなことかもしれませんが、朝食が夫の担当となったこと。

そして私の好みを把握してそれを作るようになってくれたこと。 (何が好きかは自分から具体的に伝えました。)

私が夕食に出すために作っておいたおかずを食卓に出され、頭に来ることもありましたが、都度自分の考えを伝えることで、最終的に互いにとってストレスのない環境を作ることができました。


子どもにだって、「家族サービス」をする

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また子どもに対しても努力をします。

わが家では、月に2回は子どもが楽しめるイベントを設定します。(私は、公園に行って子どものやりたいことを見守るのだって立派なイベントだと思っています。)

夫だけでつきそうことも、私が一緒に子どもの友達と出かける予定を立てることもありますし、3人で出かけたい!という子どものリクエストに応えることもあります。


つまり、私が夫に夕食を準備するのは「家族サービス」ですし、夫が私好みの朝食を準備することも「家族サービス」をしてくれているのだと思います。

そして、子どもの好きそうな場所に出かけるのは子どもに対して「家族サービス」をしてあげている、という意識です。


「良い」家族関係ってなんだろう。

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誤解を恐れずに言えば、良い家族関係というものは、努力があって成り立つものだと私は思っています。

夫も子どもも、他人であって、そんな彼らと生活を共有するのが家族。

だからこそ生活の中では、感覚の合わない部分、価値判断の異なる部分が発生することもあります。

でもその違いを、お互いに認識し、改善していくのが“家族”というものではないでしょうか。

手に入れた生活をよくするもの悪くするのも自分次第。

改善のための方策を意識し、実行することが重要だと思うのです。

そしてそれが、往々にして「家族サービス」と呼ばれているものの正体なのだと思います。

「何も努力しなくても、家族がうまくいっている」「いつも子ども優先。それがわたしの幸せ」という状態だけが幸せのかたちではない。

家族と関係なく、自分のやりたいこともある。

だけど、家族を大切にしたいからこそ、努力をする。

その努力をしている自分を好きになれる-そんな努力が家族サービスであるならばたくさんあっていいと思うし、それはネガティブなことではないと私は信じています。


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この記事を書いた人
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まっかちん

東京都在住、5歳男児の母。25歳年上の旦那さんと三人暮らしで生活しています。

息子2歳時に時短(残業、休日出有)で再就職、1年後からフルタイム勤務に。
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