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娘に泣いてほしいから、私は「太陽」のような母親ではいたくない(2ページ目)

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泣きたいときも怒りたいときもたくさんあるのに、いつも家族のことを考えて明るく笑っているお母さん。家族のためと思っているけれど、本当にそれでいいのでしょうか?泣いたり怒ったりする方が、家族に良いこともあるかも知れませんよ。

天気にも人の心にも、太陽の日もあれば雨の日もあります。
くもりの日もあるし、風が吹く日もある。

そして、お母さんにもいろんな日があり、
子どもにもいろんな日があるのです。

しかしそれを無視して「◯◯でなければいけない」とがんばり続けることは大変なこと。


わたしの大好きな絵本「マドレーヌと犬」の中に、「ふっても てっても」という言葉があります。
文字通り、雨が降っても太陽が照っても、という意味で、主人公のマドレーヌはどんな天気の日でも変わらず毎日散歩に行きます。


この言葉を読むと、人間らしいってこういうことだなあと思うのです。

どんな天気(感情)も受け入れて、歩いていく。
いろんな日があるけれど、それでも毎日歩いていきませんか?

つらいときには泣いていいと伝えたいから、私は泣く

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わたしには4月から小学5年生になった娘がいます。思春期の入り口です。

実は娘が3歳くらいの頃からずっと、まさに今くらいのこと、思春期になる頃のことを想像しながら子育てしてきました。

今のところ、身の回りででいじめが起きたという話は聞いていませんが、思春期になるとそろそろ、いついじめが起きてもおかしくないとは思っています。


もしも自分の娘がいじめられて帰ってきたときに、どんな態度をとってほしいか。


それを想像しながら子育てしてきました。


「どうしたの?何かあったの?」と尋ねたときに、本当はいじめられてつらいのに、にっこり笑って「ううん、何もないよ。大丈夫」と言ってほしいのか。
それとも正直に「つらいよ。しんどいよ。」と泣いて打ち明けてほしいのか。


わたしは後者です。
娘がつらいときには、ちゃんと話してほしい。


だからそういう背中を見せてきました。

見せた背中の通りには育たないことは百も承知の上で、娘には素直に感情を出せる子になってほしいから。

自分ががんばりすぎないことで、「がんばりすぎなくていいんだよ」というメッセージを送り続けているつもりです。


外ではきっとがんばるだろうから、
家では安心して弱音を吐いてほしい。

そう。
きっと親ががんばっている姿を見せなくても、
子どもはちゃんとがんばると思うのです。

そこは安心して子どもを信じてよいのではないでしょうか。


放っておいても子どもはがんばる。
だから親にできることは、子どもが安心して泣いたり怒ったりできる環境づくり。



そのときに笑って迎えたり、
一緒に泣いたり怒ったりできるように。

親も子も同じですね。
言われなくてもがんばってる。

だからがんばりすぎずに、泣いたり笑ったりして生きていきましょう。

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この記事を書いた人
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ママぞう

1973年東京都世田谷区にうまれる。
大学卒業後、乳幼児向けおもちゃメーカーに勤務。
退社後、沖縄県西表島に移住。
帰京後、結婚、出産、離婚を経て、
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