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「この街で父になる・・・」私が主夫になってみて感じたこと

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ここ10年でイクメンという言葉も市民権を得てきましたが、社会全体はまだ育児は女性がするものとして造られているなと感じることが多々あります。今回は、2012年4月から2014年3月までの2年間、私が主夫として長男と過ごす日々で体験したことや、感じたアレコレを書いていきます。

私が主夫になった理由

これまでのコラムでも何度か主夫時代のエピソードは紹介させてもらっていますが、なぜ、主夫になろうと思ったのかについてはお話してきていませんでした。

私が大学を卒業してすぐに仕事を始めた東京都渋谷区にあるプレーパークでは、乳幼児や小学生を連れて遊びに来る親子が多く、社会人になったばかりの時期から何百、何千というたくさんの「親子」のモデルケースを見ることができました。

「ウチはプレーパークが習い事みたいなものだから」と平日は予定が入らない限りはほぼ毎日足を運ぶ親子、赤ちゃんを敷物におろして「私がコーヒーを飲めるのはここだけなんです」と息抜きにくる母親と赤ちゃん、区外から電車を乗り継いで遊びに来ている親子は「せっかく来たんだから〇〇して遊びになさい!」と場慣れせずに遊べない子どもにヤキモキとしていました。

もともと学生時代から、いつか親になったら主夫をしてみたいなと頭の片隅にあった思いが、我が子が生まれてだんだんと現実味を帯びた気持ちとして膨らんできたのですが、決定的な動機は、多くの親子を見ながら「親になって、子どもを日々遊びに連れて行くってどういう感覚なんだろうか。」ということを知りたい欲求が大きかったということでした。

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「仕事辞めて、主夫になってもいい?」と聞いてみた

主夫になって我が子と過ごすことへの気持ちが強くなった私ですが、市民活動でもあるプレーパークという職場では育児休業をとれるような状況もないため、「主夫になる=仕事を辞める」という選択をする必要がありました。

ある日の夜、思い切ってツレに「仕事辞めて、主夫になってもいい?」と聞いてみたところ、なんと「きっと、そんなこと言うんじゃないかと思っていたよ。」とあっさりと了解がとれたのです。もちろん、「収入のことはちゃんと考えてね。」という言葉もセットで帰ってきたのですが(笑)。

晴れて主夫になる道が見えた私は、その後待ち受けていた子育ての現実など知る由もなく、ただただ嬉しい気持ちでいっぱいでした。

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主夫体験記エピソード

さて、ようやく本題です。

冒頭でも少し書きましたが、残念ながら男性の育児参加はまだ当たり前になっていません。
そんなことをビシバシと感じながらも、素敵な出会いに救われることや、親も子どもとともに育つという実感を得られる出来事が多々ありました。主夫として駆け抜けた2年間の中でアレコレを紹介します。

①「できるようになる」ことばかりに価値があるわけではないのだ。
かかりつけの診療所にて愚図る長男。ちょっとイライラしかけながらも置いてある絵本を渋々取りに行くと、本棚の近くに座っていたおじさんが長男に話しかけてきてくれて、おじさんの横で絵本を読み始めました。そのおじさん、かなりテキトーに絵本を読みはじめて、長男はそれが非常に面白いらしくニコニコ笑って機嫌が直りました。

お礼を伝えて帰る際、上着のファスナーを自分でしめようと苦戦する長男に「まだ、できなくたっていいじゃねぇか。なるべくゆっくり生きろよ」と話しかけてくれていた言葉が私の心にガツンときました。子育てをしていると、つい「コップでお茶が飲めるようになった」とか「靴を自分で履けるようになった」など、できるようになることにばかり目を向けがちな日々でしたが、子ども自身の育つスピードに合わせていこうと思いなおすことができました。

②ちょっとした支えに救われているのだ。
主夫時代にも子連れで仕事することもあり、電車で子どもと一緒に仕事先に行くことも何度かありました。ある日、通勤時間帯の最中混雑した電車で、混んでいると立っているのを嫌がる長男を抱っこして乗っていました。何駅かその状態が続いた末に、ようやくすいて座れた時には私は抱っこの疲労でぐったりで、長男の声かけにちゃんと返答してあげられる心持ではない状態でした。

そんな時、隣にスタイリッシュな中年男性が座りました。ロマンスグレーの長髪にサングラス。ブルーのジャケットがきまっています。ふと隣の長男の方を向き、サングラスをチラリと下げてにこりと笑ってくれました。長男もそれが嬉しかったみたいで挨拶をしたり、会話が始まります。

このおじさんも「トラはネコちゃんの大きくなったやつ」とかテキトーな話が面白く、長男は大喜びでした。乗り継ぎの駅も一緒でしたが、電車を降りたら別々だろうと思っていたので「さようなら」「バイバイ」と挨拶をしました。

しかし、席を立ち、私がリュックを背負い降車の支度をしている間にふとおじさんが長男と手をつないでくれていました。そして、そのまま電車を降りて、ホーム、階段と一緒に楽しそうに話をしながら歩いてくれたのです。改札の手前で手を離し、笑いながら手を振って雑踏に消えていったおじさん。何か涙が出そうなほど嬉しかったことを覚えています。

③子育ては母親だけのものではないのだ。
一方で、どこへ行っても「パパ偉いね」と言われてしうまうことには常に抵抗がありました。公園に行っても、児童館に行っても、そしてプレーパークに行っても、そこにいる人たちから「パパ偉いね」という類のコメントをもらいます。

母親が公園に子どもを連れて行っても絶対に言われないであろう「偉いね」。これにはどう反応していいのかわからず「はぁ、まぁ…。」などと言葉を濁すばかりでした。

この声かけには悪意はないものの、暗に育児は母親がメインに行うものという社会通念があるということを表しています。

人の意識は場づくりにも影響を与えています。最近は整備されたところも多く見かける様になりましたが、フェミレスなどに入って、おむつ替えをしようとしたら、女子トイレにしかおむつ交換台がなく困ったこともありました。

④このまちで父になるのだ。
最後は「このまちで父になるのだ」です。

平日は会社勤めしている方が多いからか、あまり公園や児童館などで子連れの父親に会うことはありませんでした。しかし、土日の午前中の公園には「父親と子ども」という組み合わせが多く見られました。

父親はシャイな人も多く、他の母親たちと積極的にコミュニケーションをとるなどは苦手かもしれません。しかし、圧倒的に子どもと遊ぶことに長けた人がいることも確かです。母親は母性という本能によって「子どもを守り育てる」という潜在的な意識があるのではないでしょうか、良くも悪くも父親はそういった意識が少ない分、いわゆる「遊び心」という子どもに通ずる部分を持ったまま大人になっている場合があります。

公園で、一人の父親を中心に様々な子どもたちが遊びの輪をつくっている場面をよく見かけました。父親は遊びの中心になり子どもをつなぐ、母親はコミュニケーションをしながら子どもをつなぐ、性差による互いの得意を活かしたつながりで、遊んで育てる地域になれたら素敵ですね。

なかなか仕事の比重が重く、休日は家庭の事や身体を休めることで目一杯という父親も多いことでしょう。イクメンという言葉の普及から、ここ数年でイクボスという言葉も出てきています。部下仕事と生活の両立を考え、自らも仕事と生活を楽しむ上司のことをさすのでしょうが、ぜひ、企業の社会貢献活動などに「休みをとって、自分の子どもたちと過ごす」ことという考え方が広まってほしいものです。

このまちで父になる。そんな感覚を持った父親が地域に増えていく事を強く願っています。

次回のコラムでは

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「子どものやってみたい!に寄り添う親の心もちとは?」として、時に大人から見ると喜べない様な遊び方をする子どもに対して、親がどういう心もちでいたら良いのかということに関しての様々なお話をしていく予定です。お楽しみに!

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この記事を書いた人

関戸博樹

フリーランスのプレイワーカー
特定非営利活動法人 日本冒険遊び場づくり協会 理事

大学で福祉を学ぶ中、「全ての人が元気になれる地域をつくる」ことを仕事に...

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