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私が子どもを「可愛くて憎たらしい」と感じる理由

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「可愛いけれど憎たらしい」「腹が立っても放っておけない」そんな親子関係は、自分自身の関係と同じだと思っています。

出典:http://amanaimages.com/info/infoRF.aspx?SearchKey=28208000053

「可愛いけれど憎らしい」子育て

「このクソガキーーーーーーーーー!!!」



と、子どもに向かって口に出さないまでも、心の中でメラメラと怒りを感じることが今でもある私。

怒りがピークの時は、子どもに向かって「あんたなんて大キライっ!どっかいって!」と、まるで子ども同士のケンカのような言いぐさをしてしまったこともありました…。


「ここはみんなが使うところだから、お片付けしてね。」
「お母さん、これをされるとイヤだから、やめてね。その代わりにこうしてくれると嬉しいな。」

優しく声掛けをして、言ったようにしてくれるうちは怒りも湧かないものの、
何度言っても伝わらない、分かってもらえないとなると、次第に「何回言ったら分かってくれるんだ!!!」という怒りが湧いてくる、心のキャパの狭い私。

子どもと一緒にニコニコ笑いあっていられる時は幸せいっぱいで、「あぁこの笑顔のためにまた明日からも頑張ろう」なんて思えるのに、怒り心頭の時は「憎たらしい!いい加減にしてくれ!もうどっかにいってください!!」と言いたくなる。


「可愛いけれど憎たらしい」

それが私にとっての子どもなのです。


どんなに憎たらしいと思っても、結局は子どもに向き合ってしまうのが親

「子育てに疲れた!」と言って家事や育児を放棄しようとしても、開き直れず体を動かしてしまう。

プチ家出を試みたところで、誰かがどうにかしてくれるわけでもなく、やっぱり家に戻っていく。

今日はもう外食だ!と開き直って外食に行ったところで、
「無駄な出費しちゃったなぁ」とか、「明日の朝ご飯のお米、研がなくちゃなぁ。結局台所に立つのか~」と考えるのも母親になったからこそ。

父親だって「子どもがいてちっとも心休まらない」と思ったとしても、やっぱり家族のために子どものためにと、仕事を続ける。


結局、どんなに子どもにイライラさせられても、どんなにイヤな思いをさせられても、それでも子どものためならと頑張れてしまうのが親。


こんな「どうしようもなく腹が立つけどやっぱり目を向けてしまう」という親と子どもとの関係性は、実は「自分自身との関係性」とよく似ています。

自分の中に子どもがいる

私は、個人のポテンシャルをあげるコンサルティングをさせていただいています。

コンサル時には、心理分析を用いながらその方の考え方のクセや思考パターンを明確にしていき、その方が向かう方向性に合わせて、より適した考え方(思考)の習慣化をサポートすることで、ポテンシャルを引き出すサポートをしています。

この時、これまでの古い考え方の自分を「子どもの自分」と呼び、より良い考え方の自分を「大人の自分」と表現しています。


なぜ古い考え方の自分が「子どもの自分」なのかと言うと、考え方の基礎というのは、はおおよそ6歳以下でつくられると言われているからです。

つまり自分が子どものころにつくった、自分の思考パターン(子どもの自分)だということです。

より良い考え方というのは、すでに自分が「こう考えられたらいいのにな」と認識できているものと、外からのアドバイスで初めて知る考え方があります。

誰の中にも子どものころに知らずして持った思考パターン(子どもの自分)があるもので、その思考パターンで行き詰まった時に、人は「問題だ」とか「課題だ」と感じるわけです。

ですから、これまでの自分の考え方を明確にしてそれを認識しつつ、より良い新しい考え方の方向性に自分を導いていくことで、次第に古い自分の考え方がなくなり、新しい考え方に即した行動が自然とできるようになったり、これまでにないアイデアが浮かんだりして、問題解決につながるということです。

「考え方」という思考パターンにはそれだけの影響力があるのです。


このように私たちは誰もが、良くも悪くも自分に影響を与える「子どもの自分」を内側に存在させています。

大人にもある「分かっているけどできない」こと

「分かっているけどできない」ということはありませんか?

例えば、

・夜中に食べない方が良いと分かっていてもやめられないお菓子
・子どもに怒鳴りたくないと思ってもつい怒鳴ってしまう
・いつも前向きに考えたらいいのにと思っても、気づくとネガティブなことを考えている自分


新年に立てた抱負があっという間に”なかったこと”になっていくのも、この「分かっているけどできない」というところからくるかもしれませんね。

こういったことがあると、時には自分のことをダメなやつだな…と感じることはありませんか?

だったらいっそのこと、「やらない」とさっぱり諦めてしまえたらいいのに、
いつまでも同じテーマに果敢に挑んでしまうことも、ありませんか?


「分かっているけどできない」という現象は、自分の中で「子どもの自分」と「大人の自分」の攻防戦が起きているから生じるものなのです。

「やりたくない自分 VS やりたい自分」ですね。

やれない自分やできない自分によって、前進したい自分が邪魔されています。

分かっているのにできないことを、「やる」または「やらない」とどちらにも決められず、自分自身にイライラしたりモヤモヤしたりしているわけです。


この「子どもの自分」と「大人の自分」の関係性は、(まだ)やれない子ども、(まだ)できない子どもにイライラしつつも、
それでも成長を信じて親としてできることを考えてしまう子育ての関係性と類似しています。

「子どもの自分」と「大人の自分」の関係性を認識することから始まる

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この記事に関するキーワード

子育て・育児 子育ての悩み 育児ストレス

この記事を書いた人

根本 千里

根本千里(Nemotochisato)

静岡県出身・広島大学卒
 
コミュニケーション講師。
夫婦・親子のコミュニケーション力や、職場でのコミュニ...

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