小さいころ、ご自宅にありませんでしたか。
薄べったい積み木で、ひらがなやアルファベットに加えイラストが描かれた定番玩具の「ひらがな積み木」。
私の家にもありました。祖父が2歳の誕生日に買ってくれたそうです。
「遊びながらひらがなや英語まで学べるなんて一石二鳥だ」
きっとそう思って買ってくれたに違いありません。またこうした願いは、親や祖父母であればみんなが自然と持つものなのでしょう。
知育玩具と呼ばれるこれらの玩具たちは、そのほとんどが、脳の刺激になったり、何かを学べるといった教育的意図を持ってつくられたものです。「遊び」と「教育」どちらとも切っても切り離せないものです。
さて、その知育玩具を買ってきて子どもに渡してみるとどうでしょう。
全く想定外の遊びが展開されてしまった経験はないでしょうか。
ひらがな積み木であれば、文字やイラストには目もくれず、ただただ積み上げては崩すことの繰り返し。
脳の刺激になると聞いて買ってきたヒモ通しは、ヒモだけを使って振り回すのが楽しい。
このように大人の教育的な意図に、子どもたちの遊びが沿うことなど、実際のところほとんどありません。
その教育、子どもの“遊び”を邪魔してませんか?

幼児期の子どもはよくスポンジに例えられるほど、非常に学習能力が高く、脳も柔軟に変化していきます。大人もそうした子どもたちの様子を見て、将来に向けて、より効果的な教育を施したいと思うものです。しかし、子どもたちの、特に「遊び」の世界は、全く別の価値基準の中で成り立っています。そのことに気づかず、私たちは子どもの世界を邪魔してしまうことがしばしばあります。
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