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公開 2015年12月03日  

〜完璧な親を目指すより未熟な親を支える〜教育社会学者本田由紀氏×NPO法人3keys森山誉恵氏【下】

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近年、大きな社会課題として注目されている「子どもの貧困」。今回の対談では、教育社会学者の本田由紀氏(東京大学)と、NPO法人3keys代表森山誉恵氏に経済格差が子育てや子どもの成長に及ぼす影響について語っていただきました。学術的な視点と、現場の視点から今子どもたちに必要な支援とは何かを考えます。後編は目指すべき社会の在り方について語っていただきました。


子どもたちの抱える課題は、人間関係にも

本田:前編では、子どもの学習意欲の低さやそこに見え隠れする親の困難というものについてお話しいただきましたが、他に子どもたちが抱えている課題のようなものはありますでしょうか。

森山:例えば、嘘をついてしまう癖のある子どもを何度か見かけたことがあります。専門家の方に話を聞くと、虐待や育児放棄など、あまりにもつらい経験を幼少期にしてしまうと、現実を認めたくない気持ちから、虚言癖がつくことがあるとのことでした。生きる術なわけです。

しかし、友だちからは「あの子は嘘つきだ」と言われて学校にいづらくなってしまったり、テストでよい点数をとっても「ほかの人の答案を見たんでしょう」と疑われてしまったりと、子どもにとっては唯一の生きる術によって、孤立してしまうという難しさも感じています。

また、歪んだ関係性の中で育つと、どのように人と接して良いかが分からず、他者に依存しすぎてしまったり、逆に距離を取りすぎてしまったりと、人との接し方に課題を抱えてしまうことも多くあります

本田:人との接し方で軋轢を起こして社会生活の場から排除されてしまうのは、学力に勝るとも劣らない問題ですよね。

森山:先生に対しても、本当は褒めてほしいのに、本心とは裏腹に騒いでしまって問題児扱いされてしまうということもあります。先生も最初は家庭背景などを考えて理解しようとしていても、そういうことが続けば段々対応しきれなくなってしまったりもします。

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本田:特に日本というのは「コミュニケーション能力」が重要視され、集団に同調することが常に要求されるような社会ですから、いわゆる一般的な人間関係の構築方法を知らない子どもたちにとっては、非常に生きづらい環境だと思います。

また、日本の教室の生徒数がとても多いということも課題を深刻にしていると感じています。生徒数が多いと、教室を運営していくために「秩序」というものが重要視されますから、少し変わった発言・行動をとる子どもは「秩序」を乱す存在として排除される度合いを高めてしまいかねません。

もし一つの教室に20人程度の生徒数であれば、多少違った振る舞い方をする子がいても、もう少しきめ細やかな対応ができ、一つの個性として扱うことができると思うんですよね。

森山:教室における多様性を確保するのも、ひとつの解決策だと感じています。例えば私の通っていた高校には多国籍の子どもたちが在籍していたので、肌や髪の色、振る舞い方や考え方も、一人ひとりまったく違っていたんですね。

ですから「人と異なる」ということをみんな自然に受け入れていましたし、いじめもまったくなくて。閉鎖的で個性を引き出すことができない今の学校教育から、より多様性を重要視した環境に変えていくことが、多様な側面を持つ子どもを受け入れていくうえで重要なのだと思っています。もちろんそれなりの体制を用意しないといけないので、簡単なことではないとは思いますが、必要なことだと思っています。

本田:多様性は本当に大切ですよね。私の子どもが通っている学校では、障害のある子どもは、別の教室で学習をすることもありますが、できるだけ普段の生活を他の生徒たちと同じ場で過ごすことを大切にしているようなんですね。

多様な子どもたちが同じ環境で過ごすことが子どもたちにとって自然になっていくと、いじめなどの問題も起こりにくくなるのではないかと期待しています。

学習支援だけが、万能な解決策ではない

森山:現在私たちは事業として学習支援というものを行っていますが、決して放課後に学習をサポートすることが根本解決だと考えているわけではありません。

放課後という貴重な時間は、学習以外にも色々なことを体験したり、多様な人と関わったりすることのできる時間にもなりえますから、政策として放課後の学習支援を進めていくことには慎重にならなくてはいけないと思って活動しています。

子どもたちにとって学校は生活の半分を占める大きな場所ですし、学歴社会というものがまだ根強く残っている中で、学校から排除されたり孤立するのは大きな問題で、改善が必要です。しかし、より根本的には公教育のあり方自体をもっと見直していかないといけないと思っています。私たちもそのために少しずつ知見を深め、現場から見えてきたことをもとに、何かできることはないか模索しています。

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本田子どもの貧困に対して社会の関心が高まってきてはいますが、子どもへのサポートが学習支援という形だけになってしまうのは危険だと私も感じています。子どもたちが疲弊してしまい、現場の方からは「学習支援の不登校」というものも起こりかねないという話も聞いています。

森山:放課後に学習支援を行ったとしても、学校と同じ指標で子どもたちを評価してしまえば、結局「勉強ができる子」しか来なくなってしまいます。私たちも本当に必要な子どもに来てもらえるように、そのあたりはとても慎重、かつ、多くの工夫が必要だと考えて、心がけています。

本田:さらに、放課後の支援を充実させていくと同時に、学校で行われている教育の内容そのものも見直す必要があると感じています。日本では普通科の高校に多くの子どもたちが通っていますよね。しかし、『子どもたちの将来の自立』ということを考えれば、小中学校の頃から、社会に存在する仕事との関連性がより見えやすく、専門性を身につけられる学びの場を提供していかなくてはいけないと思います。

今盛んに行われている「キャリア教育」は、職業観といった抽象的なものを伝えるにとどまっており、子どもたちが具体的なスキルや専門性といったもの身につけることができるような内容にはなっていません。

ですから、実際に社会とのつながりを感じながら、スキルや知識が身についているという手ごたえや自信を持てるような学習ができる教育課程を、より充実させていくべきだと思いますね。そのためにも、専門高校や普通科専門コースを増やすなどの、様々な取り組みを行っていくべきだと思います。

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完璧な親を目指すのではなく、皆で子育てを支える環境づくりを

本田:子どもたちへの教育支援だけでなく、親御さんへの支援のあり方についても考えていかなくてはいけませんが、森山さんはどのように考えていらっしゃいますか。

森山:子どもに高圧的な態度をとってしまったり、必要以上に放置してしまったりする親は、今に限らず昔からいたのかもしれません。でも昔は近所に住む人たちが、そういった未熟な親を助けていくということが自然に成り立っていました。人生80年ある内の、20代なんて未熟で当然だと私は思っています。

しかし今は核家族化が進み地域のつながりも薄くなっていますから、親が子どもにとって唯一の絶対的な存在になってしまっているのだと思います。すると、親が未熟であれば、子どもにそのしわよせが全ていってしまうという状況が生まれてしまうんですね。

これを解決するためには、完璧に子育てができる親を育てることを目指すのではなく、むしろそうした親の未熟さを自然なものとして受け止めて、みんなで支えていく環境をつくるということのほうが重要なのだと思っています。

本田:私も親として未熟で、自分の子どもに対して、忙しくてあまり構ってあげられなかったり、時には怒ってしまったりと、日々反省を繰り返しているんですけれども(笑)

世間では「親が責任をもって家庭教育をしなくてはいけない」といったことがよく言われますよね。しかし家族という小さな集団のなかで、次世代を育成するという大きな役割をすべて親に担わせようとするのは、とても大変で危険なことだと思います。

現在行っている、ある調査の分析で、母親の就労密度が高ければ高いほど、子どもがテキパキと物事をこなすことができるようになる傾向があるという結果がでたんです。

「母親が家にいて面倒を見てあげなければ子どもがしっかりと育たない」といったことがよく言われますが、調査結果を見る限りでは、実はまったく反対のことが起こっているわけですよね。

そういった結果が起こる経路については様々な可能性が考えられますが、その一つとして「母親の就労密度が高いほど、親以外の他者に面倒を見てもらう度合いが高くなる」ことがあげられます。祖父や祖母、近所の人といった様々な人に面倒を見てもらうことによって、多様な物事や考え方を学ぶことができて、結果的に子どもの成長につながるということですね。

こうした調査結果を見ていると、「母親が家にいて子どもの世話をしなくてはいけない」といった三歳児神話などは正しくないということが分かりますし、子どもが母親や家族だけではなく、多様な人と触れ合う機会を得ることの重要性が分かると思います。

親が未熟であっても、周囲の人が協力して子どもを育てていけるような環境こそが、子どもの成長にとって重要だということなんですよね。

森山:そういう環境があると、親は安心しますよね。「親だけが頑張らなくてはいけない」と感じていると子どもも生みにくいですし、子育てというものに不安を感じてしまいがちだと思います。私も20代ですが、男女問わずそこに不安を感じて、結婚や育児に後ろ向きな人は周りに少なくありません。

本田:父親は仕事、母親は子育て、といった関係が普通であった時代から、社会の形は大きく変わっています。その変化に合わせた家族や子育てのあり方を模索していく必要があるのではないでしょうか。

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◆教育社会学者 本田由紀氏(東京大学教授)
教育社会学の立場から、家族と教育,教育と仕事,仕事と家族という,異なる社会領域間の関係について調査研究を行う。90年代以降における、この3つの領域における矛盾が、家庭教育に対する圧力や格差の高まり,「学校から職業への移行」の機能不全,仕事の不安定化による家族形成の困難化といった問題を引き起こしていることに課題意識を持ち、学術的な観点から積極的な政策提言も行っている。

◆NPO法人3keys代表理事 森山誉恵氏
大学生時代に児童養護施設で行ったボランティアをきっかけに、格差の大きさの現状を知り、衝撃を受ける。その経験を生かし、児童養護施設に学習支援ボランティアを派遣する学習支援事業を開始。2011年にNPO法人3keysを設立する。今は児童養護施設への学習支援に限らず、生まれ育った環境によらず、自立や権利保障の観点から必要な支援・情報が十分に行き届く社会の創造をめざし活動を行う。
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3keysは児童養護施設にいる子どもたちをはじめ、虐待や貧困などで支援を必要とする子どもたちをサポートしています。現在、子どもたちやそのまわりの方々から相談が寄せられていますが、寄付者が不足しています。月々1,000円~10,000円のサポーターを募集しています!

子どもの現状についてより詳しく知りたい方は、12月13日に3keys主催でセミナーを開催します。

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