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シンガポールの幼稚園で、親の私が痛感したこと

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今の親世代が学校で学んできた全部の知識は、小さなメモリースティックに入れて、せいぜい100円で売れるかどうか? だと、大前研一さんが言っていました。それを聞いて愕然とした覚えがあります。
そういったことからも、今までの教育で大丈夫かな?と思ったのですが、どうやら今は子どもの教育の大変革期のようです。

出典:http://amanaimages.com/info/infoRF.aspx?SearchKey=28174007707

世界の教育は多様化している

我が家では、昨年、子どもをシンガポールの幼稚園に入れてみたのですが、それをきっかけに、教育に関する見方が変わってしまいました。

シンガポールで友達となったスウェーデン人親子から聞いたのは、宿題やテストがない教育スタイルの話を聞き、インド出身で英国から来たインド人親子とは、インド式算数の話などの話をしました。

そこで私は、世界の教育は本当に多様化しているということを感じたのです。

日本では2014年の夏にインターナショナル・スクール・オブ・アジア軽井沢がオープンしました。今までの日本にはなかったスタイルでアジア中から生徒を集めることにも成功して話題の学校。今後の展開に注目が集まります。

日本の教育は工業社会に適した人間をつくるため?

世界では工業化社会が、すでに終わろうとしているにも関わらず、日本では、依然として、マークシートで決まった正解を求める旧来型の教育。

工業社会で優秀な労働者を排出することを目的とされたものだと感じます。

では、どのような教育を目指せばよいのでしょうか。

NPO法人CANVASの石戸奈々子の著書『子ども創造力スイッチ!』には”寺子屋の特徴”がこう書かれています。

<1つ目には、個別学習であったということです。今のような一斉授業ではなく、1人1人にあった往来物(教科書のようなもの)が渡され、年齢や習熟度に合わせた学びが提供されていました。

2つ目は、生きる力が育まれていたということです。読み書きそろばんを基本としながらも、日常生活に必要な実践的な知識や道徳律を学ぶ場でした。そして、主体的に学ぶということが重視されていたといいます。

3つ目は、子どもたち同士の教え合い、学び合いが存在していたということです。学年がばらばらの子どもたちが同じ空間で学んでおり、先生だけではなく、年上の子どもたちが、年下の子どもたちに教えてあげていました。>

実は、日本で今の教育スタイルが確立したのが明治維新以降、もっと限定すれば、いわゆる戦後。

そうするとたかだか、わずか70年弱の歴史しかないわけです。

しかも、戦後確立された産業構造そのものが大きく変わろうとしている。その初めての時期に差し掛かっているのが、今の時代です。

ですから、教育も大きく変わらなければならない時期だと感じます。

日本でも例えば、2020年にマークシート型のセンター試験を廃止するなど、徐々にではありますが脱工業化に向かってきてはいます。

「学校」こそ、最先端だった

また教育が変わっていないことの象徴として、以下のようにも書かれています

<MITのシーモア・パパート教授は「19世紀の外科医が現在の手術室にやって来ても何一つ仕事ができないだろう。だが、19世紀の教師がやって来たら、きっと何とかやっていけるだろう。教授法はこの150年で変化していないからだ」と指摘しています。>

確かに、先生の教える技術はあまり変わっていないのかもしれません。

もしかすると、「知識を伝える」というだけであれば、先生の役割はグーグルに取って変わられてしまうのではないでしょうか? 

現に、今子どもに何か質問されると、一緒にグーグルで調べたりするパパママも多いと思います。我が家も、子どもが「パパ、ググって!」と言ってきます(笑)。

そして、もう一つ、今の学校を表すエピソードして面白いものがありました。

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この記事を書いた人

吉田 和充

クリエイティブコンサルタント
経営戦略、広報広告戦略の立案、実施、プロデュース、商品開発、新規事業立ち上げ、海外進出プロデュースなど
日本と世界をつなぎなが...

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