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厚切りジェイソンの言葉から考える「個性と同調圧力」の間で揺れる日本の子どもたち

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「みんな一緒」がいいとされる教育がまだまだ主流な日本。そんな教育の中で育った子どもたちが、どんな大人に成長していくか考えたことはありますか?

厚切りジェイソンさんの言葉から考える日本の教育

アメリカ出身で日本在住のお笑い芸人・厚切りジェイソンさんがツイッターでこんな発言をしていました。

多くの方にリツイートされ、賛否両論様々な意見が書き込まれていました。

あなたは、この発言を受けて何を感じましたか?

個人的には、前々から【みんなを同じにする教育】の在り方にとても違和感を感じていたので、厚切りジェイソンさんがおっしゃっていることは、日本教育の課題そのものだと感じました。


また私は、社会(会社)が求める人材には変化が出てきていると感じていて、

今の日本は

幼稚園→周りと合わせろ
小学校→周りと合わせろ
中学校→周りと合わせろ
高校→周りと合わせろ
大学→周りと合わせろ
会社→自分で考えて行動しろ。個性がないとだめ

という印象を持っています。

学校の中では出る杭は打たれろということわざの通り、みんなが同じになるように教育されてきたのに、
働くタイミングで急に、他の人にはない強みや個性という部分にばかり目を向けられ、自分で考えて仕事を生み出せないとダメだと言われる。

子どもの頃に自分で考える機会がなかった人が、大人になってから急に考えなさいと言われても、すごく難しいことは容易に想像できます。

社会が求める人材が変わっているのに、教育は何百年も同じやり方を続けていることに、強い矛盾を感じています。


ここからは「個性と同調圧力」について考えさせられた、私が保育士をしていた頃のエピソードをお話させて下さい。

エピソード①「先生、今日は何して遊ぶの?」

私が日本で保育士をして担任を受け持っていた時のことです。

初めての集団生活になかなかなじめず泣いてばかりだった3歳児の女の子が、2学期になって元気よく登園するようになりました。
あぁ、よかったと思っていたのですが、ある日その子が登園するのと同時に嬉しそうに私のところまでやって来て言った、衝撃的な言葉があります。


「先生、今日は何して遊ぶの??」


一見、その子が園生活を楽しんでいるようで、保育士としては嬉しい発言なのでは?と思われるかもしれませんが、私はこの言葉を聞いた時、すごくショックだったのを今でも覚えています。


なぜショックだったか。それは
子どもが、自分がやりたいと思う遊びを見つけたり、考えたりするのではなく、私が用意した遊びに参加することを楽しみにしていたからです。


つまり、自分では考えられない「指示待ちの子」に育ててしまったということです。


全ての園がそうではありませんが、園生活の中では、子どもたちが自分で考えて何かをする時間より圧倒的に、先生やルールに合わせ子ども達が動かなくてはいけない時間が多くあります


その中で、子どもたちは自分で考えるというチャンスを失い、指示がなくては動けなくなってしまうということが起きていると思います。
そして、そこから更に今回のエピソードのように、自分で考えていいとされている時間にも、指示がなくては動けない、自分では考えない子どもの姿を生み出してしまっているケースも少なくないかと思います。

エピソード②「誰が作っても同じだよね。」

また、あるお母さんからはこんな話も聞いたことがあります。

幼稚園では母の日に合わせて、子どもたちが画用紙でお花の製作をしてくれて、それが教室に飾ってあるということで、見に行ってみると、そこにはまるっきり同じで誰がどれを作ったか名前が書いていないと分からないような作品がいくつも飾ってあったそうです。


「これ、誰が作っても同じだなと思って。あんなプレゼントされるより、子どもが自由に描いた絵をプレゼントしてもらったほうが100倍嬉しいのに。」


と、言っていたのを今でもよく覚えています。


母の日の製作に限らず、みんなが同じような作品を作る機会がたくさんある日本教育の現場。
選んだ紙の色が違うから、描いた顔の表情が違うから、そんなところに個性を見出して、子どもたちが
同じものを作っているという事実に気づいていない大人も多いのではないでしょうか?

エピソード③子どもたちが、自分で出来る方法を考えていたカナダの保育現場

私はカナダでも保育士をした経験があるのですが、その中で日本では見られなかった、子どもたちが自分で考える姿が見られたので、そのお話もさせてください。

子どもたち(3・4・5歳児)の中で、日本でいう係のようなものを決めた時の話です。

自分がやることになった係のところに名前を書いて、みんなでシェア出来るようにしたのですが、数人の子はまだアルファベットが書けませんでした。

どうするのかな?と思っていると、なんとその子どもたちは、名前を書くのではなく、自分のマークを考えて書いたのです。

他にも、自分が書けるアルファベットが決まっている子はそのアルファベットを書くなど、誰一人「出来ない。」となることなく、自分で出来る方法を見つけて活動に参加していました。

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個性と自己肯定感 個性・多様性 教育 遊び・教育

この記事を書いた人

保育士 三輪ひかり

Borderless Educator-国境なき共育者-

日本とカナダで保育士を経験。
現在園に属さず、子ども・幸せ・本質というキーワードを軸に、ワーク...

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