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公開 2015年10月28日  

産婦人科医が解説!無痛分娩の基礎知識~産まれた赤ちゃんにも麻酔がかかる?~

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欧米諸国では一般的な出産方法の1つである『無痛分娩』。しかし、日本での普及率はわずか3.5%程度です。無痛分娩だと子どもへの愛情が希薄になる、産まれた赤ちゃんにも麻酔がかかってしまう、帝王切開の確率が増える…など、日本ではネガティブな意見もよく耳にします。今回は、無痛分娩の基礎知識を解説します!


なぜ『無痛分娩』が求められるのか?

お腹を引き裂かれるような、鼻からスイカを出すような、はたまた背中にタイキックを浴びせ続けられるような…。これらはお産経験者が言う、出産の痛みの表現です。

私は男ですので、本当の痛みに関しては生涯知ることは恐らくできませんが、私自身が何千ものお産に立ち会ってきた産婦人科医ですので、妊婦さんの痛みを目の当たりにしています。

上の表は、私たち産婦人科医の間では有名なもので、『マギールの疼痛スコア』と呼ばれるものです。この表からすると、初産婦の疼痛スコアは、なんと『手指を切断する』のと同等の痛みなのです。産科病院では連日たくさんの出産がありますが、皆が手指切断レベルの痛みを伴っていると考えると、ちょっとゾッとします。

出産よりも遥かに痛みが少ない骨折や裂傷、癌の痛みにも日常的に麻酔や麻薬が使用されているのに、なぜ出産にはそれらの技術を使わないのか?誰しもが疑問に思いますよね?特に諸外国では、痛みに無理に耐えるのはナンセンスという考えが当たり前のようにあるので、出産に麻酔を使おう!という考えが浸透してきました。

しかし、安全に使用できる麻酔の技術が生まれたのは、つい数十年前のことなのです。無痛分娩を知るためには、麻酔の歴史を紐解くと理解しやすいです。

麻酔と無痛分娩の歴史

世界で初めて全身麻酔を用いた手術を成功させたのは、実は日本人だということをご存知でしたか?

華岡青州という人物で、1804年にチョウセンアサガオやトリカブドを含むいくつかの薬剤を配合した麻酔薬を使用し、乳がんの手術を行いました。日本と麻酔というのはとても深い関連があるのです。

しかし、当時の薬剤はまだ危険が伴うもので、全身麻酔なので胎盤を通って胎児にも影響を及ぼしてしまうものでした。全身麻酔薬を使用すると、赤ちゃんにも麻酔がかかってしまい、眠ったような赤ちゃん、いわゆる『スリーピングベビー』となってしまう状況でした。

しかも麻酔による副作用は、血液を伝って赤ちゃんにもダイレクトに影響します。しかしながら欧米では、出産の痛みを軽減するために1850年くらいから、イギリスのヴィクトリア女王を皮切りに、全身麻酔を使用した無痛分娩が広まってきました。ただし上述のように、全身麻酔での投与、薬剤も現在使用されているものにはほど遠いものでしたので、危険性は現在と全く異なるものでした。

実は帝王切開術も、わずか100年ちょっと前までは母体死亡率がなんと85%以上あり、非常に危険な手術でした。現在では当たり前のように行われ、日本では「帝王切開での出産の方が楽だ!」なんて大変偏った意見まで耳にするようになりましたが、その安全性の確立には衛生面、輸血技術、手術手技に加え、麻酔技術の向上が大きな役割を担っているんですね。

帝王切開で使われる麻酔:硬膜外麻酔と脊椎麻酔

私たちの運動神経・感覚神経のほぼ全ては、脊椎を通って脳につながっています。現在帝王切開で使用されている麻酔は、この脊椎に対して効果を発揮するものです。背中から針を刺し、脊椎付近や、硬膜外という脊椎を包む膜の外に麻酔薬を散布する方法です。

脊椎の位置(レベル)に沿って効果を発揮するため、下半身、特に下腹部を中心に麻酔をかけることが可能となります。その結果、意識は保つことができ、もちろん自分で呼吸することもしゃべることもできます。また、血液を介して麻酔が効くわけではないので、赤ちゃんにも影響を与えません。

帝王切開術を行うにはうってつけの方法ですので、現在ではよほど緊急性が高い場合を除き、世界中でこれらの麻酔を使った帝王切開が行われています。欧米諸国ではこの麻酔を出産にも利用し、1900年代半ばにはかなり一般的な出産方法となったのです。

まとめ

いかがでしょう?

麻酔の歴史を紐解くと、無痛分娩がどのような歴史をたどって現在のスタイルを確立したのかが見えてきます。しかしながら現在の日本では、無痛分娩そのものの数が非常に少ないため、「赤ちゃんに麻酔がかかってしまう…」といった、1800年代の知識が、未だに信じられてしまっている側面があります。無痛分娩に関してはガラパゴス化してしまっているのが日本なのです。

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