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  6. 長男の「自閉症」という診断名を私が受け入れられるまで~障害受容はらせんを描く~

長男の「自閉症」という診断名を私が受け入れられるまで~障害受容はらせんを描く~

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我が家の4歳になる長男は、自閉症スペクトラムです。障害告知を受けたのは、長男が2歳になったばかりのころでした。今日は、そのとき自分が感じたことと、その後、少年院で働く友人にもらった、今でも自分の子育ての指針として大切にしている言葉をご紹介したいと思います。

大学病院で受けた息子の診断

長男が大学病院で診断名をつけてもらったのは、2歳になったばかりの頃でした。「つけてもらった」というのは、先生から次のような説明をいただいたからです。

・長男に診断名をつけるとしたら「広汎性発達障害」もしくは「自閉症スペクトラム」
(※今は診断の分類名が変わり、「広汎性発達障害」という診断名は、あまり使われないようです。)

・福祉サービスのためなど、長男にとって必要であれば、診断書を書く事ができる
(そういう必要性があるので、名前をつけるだけなのだ、というニュアンス)

・診断名をつける・つけないで、長男の何かが変わる訳ではない

そしてそのとき、「自閉症」と呼ばれるのは、自閉症スペクトラムの中でも、最も症状が顕著である状態である、というような説明がありました。

自閉症の診断を受けるまでのモヤモヤ

私は、長男がはっきりと診断を受けるまで、「これは個性の範疇なの!?それともいわゆる障害なの!?」「個性の範疇超えてるなら、早期療育(発達につまずきのあるお子さんのために行われる、治療教育のこと)なんでしょ!?どうなのどうなの!?」という焦りにも似た、モヤモヤを抱えていました。そのため、このとき診断名がついて、私は正直、すっきりした思いでした。

うわべだけの障害受容

言葉が遅いこと、散歩の道順などにこだわりがあることなどから、長男の自閉傾向を疑っていた私。でも、長男は「発達障害グレー」とかいう感じかな?って思ってたところもあったのです。

そのため、先生のお話を聞いて「あーハッキリ診断名って付くんだな。」と少なからずショックだったところもありました。そして、「でも自閉症じゃないのね。スペクトラムね。広汎性発達障害ね。うんうん。」と思っている自分がいました。

自分はわりと、ハルの特性について、前向きにとらえてると思っていたのですが、実は違っていたんですね。「このくらいの感じだったら、『普通学級にいる、ちょっと個性的な子』でいけるんじゃないかな~。」と、思ってたんです。

「スペクトラム」「発達障害」という、「自閉症」より自分にとってちょっとでも受け入れやすい語感にしがみついていたのです。自分では気づいていなかったけれど、長男の障害について、受け入れていたつもりが、本当は全然受け入れられてなかったんだと思います。

そんな自分を変えるきっかけとなった、友人の言葉。

現在、私は「あめ のち はれ ~お兄ちゃんは、自閉くん~」というブログをやっています。ブログのタイトルを決めるときに、敢えて「自閉」という言葉を入れようと思いました。「ハルは自閉症じゃない!」と言っていた自分が、そんなふうに考えるようになるまで、何かものすごく大きなキッカケがあったわけではないのですが、たくさんの人、本、言葉との出会いがあって、少しずつ考え方が変わって来たように思います。

その中でも特に印象深いもの。それは、法務教官をしている友人が私に話してくれた言葉でした。

診断をうけたばかりのころは、長男が後々「普通級のちょっと個性的な子」ぐらいになればいいなぁ、と思っていた私。診断を受けてから数か月後、次男を出産しました。私の古くからの友人が、産院へお見舞いに来てくれたのですが、そのときに、長男の診断の事を、友人に話したのです。

私は長男の障害のことを説明するのに、「たぶん、普通級に通える程度だと思うんだけどさ。」と話し始めました。すると友人は、こんな言葉をかけてくれたのです。

大切なのは、愛。

「普通級とか、支援級とかじゃなくて。とにかく、愛が一番大事なんだよ。愛があれば大丈夫!」そんなふうに、話してくれたのです。

その友人は、少年院で法務教官として働いています。犯罪を犯してしまう子ども達の中には、発達障害の傾向を持っている子どもも、少なくないとのことでした。(※もちろん、彼女には守秘義務がありますので、全体の傾向としての話であって、個別のケースについて聞いたわけではありません。)

それは、発達障害を持っている=犯罪に近い ということでは全然なくて。

やはり、子どもは愛されて育っていくべきもので、必要な愛情を受けられなかったとき、二次障害として自己肯定感が得られず、自暴自棄になって犯罪につながるケースがあると。障害があっても、無くても、子どもにとって必要なのは愛情でそれさえあれば、困難な道のりがあっても、必ず乗り越えていけると、話してくれました。

その話を聞いたとき、まだ障害受容が進んでいなかった私は、すぐに長男と結びつけて考える事ができなかったのですが、その後、だんだんとその言葉が自分の心に響いて来るのを感じました。

そして今でも、折に触れて、自分の指針にするべく、この言葉を思い返しています。

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この記事を書いた人

あめのちはれ

はじめまして。あめのちはれと申します。

我が家は4人家族。

長男ハル、4歳。自閉症スペクトラム。

次男ヒロ、2歳。今のところ定型発達。
(あ...

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