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母乳足りてる?いつも不安だった私を救ってくれた、医師の偉大な言葉

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長女はほっそりした赤ちゃんだったので、ぱつんと膨らんだ赤ちゃんを見るたび「娘は栄養が足りているのか」といちいち心配してました。



長女が赤ちゃんの頃、私がなにを考えていたかと言えばとにかく「授乳」だった。

出産した病院が母乳育児推進がやや強めだったこともあり、私はどこかで「母乳で育てなくてはならない」と思い込んでいた。

また、私の母は母乳がほとんど出なかったらしく、授乳する私のそばへやってきては「母乳がちゃんと出ていいわね」というようなことを言っていたのだ。

そのうち私の中で母乳で育てることが日に日に大きな意味を持ってしまって、抜け出せない窮屈さの中でジタバタすることになるとはこの時は思いもしなかった。


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そもそも、ひとり目の子育てはすべてが霧の中でなんにも分からなかった。

沐浴なんて人生で見たこともやったこともなかったし、おむつだってしかり。

オムツのメーカーがいくつもあって、それぞれ質感やサイズ感が微妙に違うことももちろん知らなかった。

私が着ているのは真っ黒い温感インナーであってコンビ肌着でも短肌着でも長肌着でもないのだから、赤ちゃんの肌着にどうしてそんなに種類があるのか分からない。

だから当然、赤ちゃんが産まれたら胸がパンパンに膨れ上がることも、母乳を飲ませることに痛みが伴うことも知らなかった。

それらを手取り足取り助産師さんや母に教わって、どうにかやりくりしている日々の中で当たり前のように授乳は細かく挟まれていた。

毎回なにが正解なのか分からなくて心がうんとすり減った。


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まず、赤ちゃんにおっぱいを咥えさせる角度が分からなかった。

人生で首も座らない赤ちゃんを横抱きしたことなんて数えるほどしかないのに、赤ちゃんを産んだら1~2日でいきなりふにゃふにゃの赤ちゃんを横抱きしておっぱいを咥えさせるのだ。

しかもその咥えさせているおっぱいは、赤ちゃんの生命線ときた。

これを正しく行うことができなければこの子をすくすく育て上げることができないというプレッシャーがのしかかった。

先日まで全自動式に私が摂取した栄養をへその緒一本で吸収していたというのに、ろくに目が見えないうちからいきなり吸てつ反射を頼りに自力で吸いなさいよというわけ。

このいたいけな新生児に。

そんなのお母さん頑張ってしまうよね。

全力で吸いやすい角度を探すし、うまい具合にお口に運んでやりたいし、たくさん母乳を出してやりたかった。


だけれど、勝手が分からないのだった。

赤ちゃんが吸いやすい角度と言われても私は真上からしか赤ちゃんを見ることができないし、いくら記憶力がさえわたっていると自負する私でも赤ちゃんだったその日のことは覚えていない。

というか私はミルク育ちなので、仮に覚えていたとして母乳のベスト角度なんてきっと分からなかっただろう。

あたふたする私に助産師さんは縦抱っこで飲ませてもいいのよとか、フットボール抱きというのがあってねと、親切に選択肢を増やしてくださった。

ふにゃふにゃの赤ちゃんをぎこちなく抱かえながら授乳クッションの上で右へ左へ赤ちゃんを転がしたけれど、いまいちどれもよく分からなかった。


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分からないながらも授乳をしないわけにはいかないし、赤ちゃんとの日々は当然続くので、せっせとひたすら授乳した。

足りているのか足りていないのかも分からなくてずっと不安だった。

ぐずぐず泣くたびに「ああ、母乳が少ないのかも」と心配になって、授乳したばかりなのにまたおっぱいを吸わせて吐き戻されたり。

いけないのは角度なのか、回数なのか、吸わせる時間なのか、なんならいっそ味なのか、とにかくなにも分からなかった。


ここまで不安に駆られていたのには理由があって、それが長女の体重だった。

産まれて2週間ほどはよく増えた体重が、成長曲線の範囲内ではあるにしろ、ずいぶんとゆるやかになっていったのだ。

長女はむちむちとは程遠く、シャープな赤ちゃんだったので子育てサロンなんかで会う、ちぎりパンのような腕をした赤ちゃんを見るたび不安になった。

私の母乳は長女をすくすく育てられていないのかもしれない、と罪悪感を感じていた。

そんな風におろおろを絵に描いたような日々だったから、もちろんミルクを飲ませようと何度も試みたのだけど、ちょっぴりセンシティブな赤ちゃんだった長女は頑として受け付けてくれなかった。

しぶとくいろんな哺乳瓶を買っては試したのだけれど、とうとう彼女のお眼鏡に叶う人口乳首は現れなかった。


小児科で「小さめだね」と言われ、支援センターでも「小さく生まれたのかな?」と言われながら、緩やかに長女は成長していった。

自分の母乳が信じられなくなっていた私は、離乳食を待ち焦がれ、離乳食をしっかり食べられるようになったころ、ようやく母乳の呪縛から抜け出すことができたのだった。


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2年後に産まれた長男は同じ母乳を同じように飲ませていたのに、みるみるうちに膨らんで、あっさりと大きくなった。

毎朝見るたびにひと回り大きくなっていて、同じ母乳を飲んでいるのになぜだろう、と不思議で仕方がなかった。

そして3人目の末っ子を妊娠して、出産を間近に控えたある日の検診でのこと。

産院の先生がエコーをお腹の上で滑らせながら

「うーん。身長は大きいんだけど腹囲が細いねぇ。体重も少なめだ」

と言った。

胎盤を通過する栄養が少ないのだろうか、それとも上のふたりにかまけて動き過ぎで赤ちゃんに栄養がいかないのかしら、と思った私は

「どうしたらいいですか?食べたほうがいいものってありますか?バナナとか?」

と訊ねた。

すると先生は「なんにもしなくていいよ」とつるんとお答えになって

「そんなの、個性じゃなーい」

あっけらかんとおっしゃった。

「どうしてみんな平均にこだわるのかなぁ。みんな同じなわけないでしょ。個性があるんだから」

「個性ですか」

「そう、個性。体型ってひとりひとり違うでしょ」

そうか、個性。そうだ個性。

私はずっとこれを言ってほしかったんだ、と思った。


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細長く産まれた末っ子は、やはり細長く成長して、5歳現在、細身で身長が高め。

一番大きく産まれた長男はやはり、7歳現在がっしりとして大きい。

そして、3人の中で一番身長が低く産まれた長女10歳は、2学年下の長男と身長が同じで4年生にしては小柄。

3人並んだ姿を見ると、なるほど個性だよねぇ、と頷くしかないほどの説得力がある。

遺伝子が用意したプログラムらしきものの力は侮れない。

3人それぞれ体型どころか髪質も、肌の色も、爪の形ももちろん性格だって全然違うのだ。

すべては、そう、個性。

あのとき、「個性じゃなーい」と言い切ってくれた産科の先生にはほんとうに感謝している。

子達の長所や短所に一喜一憂しそうになるとあの間延びしたような「個性じゃなーい」が今も柔らかく頭の中に響いてくる。

そうそう、すべては個性で、遺伝子のプログラムだし、私ごときが及びませんよと背筋を正してくれるのだ。


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この記事を書いた人
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ハネ サエ.

成分のほとんどは3児のおかあさん。
おかあさん以外のときは取材をしたりエッセイを書いたりしています。

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