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公開 2021年10月03日  

お土産と一緒に帰ってきた母。今でも宝箱に大切にしまってあるもの

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バスガイドをしていた母。いつもたくさんのお土産を持って、帰ってきてくれました。『心に残った贈り物』をテーマに開催された、<Conobie×ネスレ日本 投稿コンテスト>。入選、Booさんの作品です。


プルルルル…。

夜の8時ころ、家の中に電話の呼び鈴が鳴り響く。

バスガイドの仕事をしていた母は、家を空けることが多く、そんなときは決まって毎晩、電話を寄越す。

それは、幼かった私の唯一の楽しみだった。

「変わりはないかい?」

いつも、決まってこのセリフ。

そこで、今日あった出来事を報告する。

「佐久間さんが、おかずを持ってきてくれたよ。あと、村下さんから電話があった!」

当時は、携帯電話がない時代、報告漏れがあったら、また次の日まで待たなければならない。

「つぎ、姉ちゃんの番。」私は、姉に電話を替わる。幼い私たちは、用事がなくても貴重な母からの電話には、必ず出る。

姉は、「いつ帰ってくるの?」などと、2、3話したあと、母に父の様子を聞かれたのか、「おとーさん!なんかあるー?」父に問いかける。父は、無言で手を振り、「ない。」の合図を送る。

最後に、もう一度私に「もう、いいかい?」確認してから、電話を置く。

これが、母が仕事に行っている間のルーティーンだった。


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そんな母が、仕事を終えて帰ってくるのは、早くて1週間、長ければ、3週間程度のこともあった。

年の離れた兄や姉がどう思っていたのかはわからないが、私は、3人兄妹の末っ子で、いつもそばに父と兄と姉が居たので、寂しいと思ったことがなかった。

ほんとの本音で。

今、思うと仕事で家を空けるのが母、ということが自然と体に染みついていたし、困ったことがあっても、姉がいつも助けてくれていたから、不安がなかった。

お気楽な末っ子で申し訳なかったと、今、姉には感謝してもしきれない。

そして、毎晩かかってくる電話と同じくらい楽しみだったのは、長い留守番のあとの母の帰り。

ただ、その動機が不純。


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帰宅した母は、荷物が多いので、玄関のピンポンを鳴らす。

玄関にすっ飛んで行って、出迎える私は、

「お母さん、おかえり!お土産なーに?」

第一声が、これである。

もっと労えよと思うが、幼い私にこの声は届かない…。

母は、自分の荷物を置く間もなく、私にせがまれる。

「はい、はい、お土産ね。たくさんあるよ、ケンカしないで分けなさいよ。」

そう、母は、いつもたくさんのお土産を携えて帰ってきてくれるのだ。

キタキツネのキーホルダーやクリップ、小袋に入ったバター飴、などなど。

単純な私は、それが純粋に楽しみであり、嬉しかった。

そうして、幼い私たち姉妹の宝箱の中身は、どんどん増えていった。

母は、お金に厳しく真面目な人だった。

家では、新聞からガイドに使えそうな記事を見付けると、スクラップにしておくという勉強家でもあった。

家を空ける前には、必ず、冷凍できるおかずを作ってから出ていたし、学校の行事があるときは、絶対に仕事を入れなかった。

自分のやりたいことをやるからには、自分のできることはきちんとやる人なのだ。

だから、家計を助けるために仕事に出ることが前提にあったとしても、家のことをおろそかにはしない。


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恐らく職場でもそうだったのだろう。

ツアー会社を退職したあと、フリーのバスガイドになっても、仕事の依頼をちょくちょくもらっていたのが、その証だと言える。

それって、実は、相当すごいことなのではないかという気がしてならない。

でも今、私が母になり、子どもを残して、働きに出る気持ちを考えるとちょっと複雑な気持ちになる。

姉が、今の私の娘と同じ年代のころに、家を何日も空けてそのカバーをしていたかと思うと、無茶としか言えない。

今、自分の娘にそれができるかと思うと、情けないけど、否だから。

私の記憶の中では、父よりも姉との時間が長い分、姉の世話になっている。

仕事から戻ると「留守番ありがとうね。」といつも言っていた母。

いつも、どんな気持ちで私たちへのお土産を選んでくれていたのだろう。

あのたくさんのお土産は、せめてもの罪滅ぼしだったのだろうか。

今はもう、直接母に聞くことは出来ないけれど、お母さんからのお土産たちは、今も宝箱に眠っている。


(ライター:Boo)


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