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子育ての途中に「手放すもの」を、切なくて愛おしいと感じる日々。

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成長とともに卒業していく、あれそれの一方で、いつ終わるのか見えないあれそれもあって。


子育てをしていると、ある時ふと、卒業を迎えるものがある。

例えば、授乳や調乳。例えばおむつ。例えば離乳食。


いつまで続くのかしら、と渦中にいるときは思うけれど、それらはちゃんとある日、終わりを告げる。

過ぎ去ってしまえば、急にそれらが遠くなったような気がして、すこし寂しくなったりもする。


そう分かっているから、私には「これいつまで続くの」と「でも手放してしまえばきっと寂しく思い出す」の間で、うずくまってしまうものがいくらかある。



ひとつ目が、歯の仕上げ磨き。

かかりつけの歯医者さんには、早くても小3まで、できれば小学校6年生まで、と言われている。

嘘だ……と思った。

長い。

はっきり言って長い。


小6と言ったら、産まれて12年。

そして、歯磨きって暮らしの一部でもある。

平日も祝日も、土曜だって日曜だって歯磨きはする。

そのほとんどすべての日に、親が課される仕上げ磨きというお仕事。

しかも他人の体の健康を握っているわけだから、なんというのか荷が重い。

「親の責任」という、見えないプレッシャーが見え隠れするのも厄介だ。


これ、もし我が子の歯が強靭だったら、こんなに悩まないのかもしれないけど、我が家の真ん中っこ7歳の歯がほんとうに諸刃ならぬ諸歯、なのだ。

彼は、驚くべきスピードで虫歯ができる。

ここ一年ほどは、少し落ち着いているが、3歳ごろはほんとうに一瞬で虫歯ができていた。

基本的に牛乳と水しか飲まないし、平日のおやつは時間もないので夕方の1回だけ。

それでも、ぼこぼこと次々に虫歯ができるのが、ほんとうに苦しかった。

もはや、私にできるのは歯磨きのみ、というわけで、仕上げ磨きには心を砕いてきた節が少なからずある。

長女も末っ子も比較的虫歯ができにくい、健やかな口腔内を維持しているのだけど、ならばせめてこの状態を死守したい欲が沸いてしまうので、やはり3人ぞれぞれ仕上げ磨きには心を砕いてしまう。



1日の力を搾り取られた午後8時、搾りかすになった私(または夫)は、無の心で3人分の仕上げ磨きをする。


上の子ほど歯の本数は増えるし、永久歯が増える分だけ、大きな歯も増える。つまり、年々、仕上げ磨きが大変にもなっている。

そもそも膝に転がるには「なんかでかいな?」というサイズ感でもある。小1と小3。重たいし、長い。からだが長い。




毎日、彼らのお口を覗きこみながら、早く仕上げ磨きを卒業したい、と思っている。

もう長女は小3だし、「早ければ」の時期に突入している。

なのに、どうやって卒業したらいいのかわからない。

「今日は自分でしっかり磨いて終わりにしようね」という日もあるのだけど、「仕上げ磨きして」と言われればやっぱりするし、毎日自分磨きだけというのも、なんだかそわそわしてしまう。

習慣っていったん身につくと厄介だ。

このままいくと、12歳コースになるんだろうか。

12歳になったある日突然「今日で卒業です!」と、言うんだろうか。

それとも、12歳を迎えるまでにそこはかとなく、あれ?仕上げ磨きってもうやってないね?となるんだろうか。

そこはかとなく終わらないならば、やはり12歳まで仕上げ磨きをするんだろうか。長い。



もうひとつ、これいつ終わるんだろうと思っているのが、寝る前の絵本。

長女がまだ小さい頃、私はてっきり字が読めるようになって、自分で本を読めるようになったら読み聞かせ終了、だと思っていた。

思っていたのに、今現在、文字を読める小3も小1も、寝る前に楽しく本を選んでいる。

4歳の末っ子はいいだろう。まだ自分では絵本を読めないし、なんと言っても4歳。幼児だ。幼児と絵本の読み聞かせが出会ってもなんの違和感もない。しかるべき姿。



だけど、小1の君。どころか、小3の君。

これいつまでやるん?とたびたび思う。思うけど、嬉しそうに本を選んでいるし、物心ついたときから寝る前には本を読んでいるわけで、もはやほとんど儀式だ。

もちろん寝るのが遅くなって読めない日もあるんだけど、時間に余裕があれば4歳には絵本を読むので、長女も長男もやはりなにかしらの本をナチュラルに選んでいる。

「今日はこれ!」と言って期待に満ちた眼差しで差し出される本を、今のところ突き返すすべを私は持っていない。

私自身、本を読むのは嫌いではないから、楽しくもあるのだけど、たまに「これいつまで続くんだ」と思う日だってある。



長女が小1くらいだったろうか。字が読めるようになっても、寝る前には絵本を読んでほしがる長女に対し、「いつか絵本を読まなくなるだろうし、その頃が卒業のときだろう」と思っていた。

なのに、今、私が寝る前に読んでいるのは、絵本ではない児童書のなにか。

絵本を卒業したらしい彼女に、いつの間にか、絵本ではなく児童書を読み聞かせている。

「これは自分で読むやつじゃないかな」と、柔らかに難色を示したりもしたんだけど、このひと月ほど、気がついたら私は布団の中で児童書のページをめくっている。

もちろん、1日では読み終わらないので、日々、1章または半章ずつ読んでいる。自分で読む楽しみも知っているんだから、自分で読むほうが早いとそのうち気づくだろう。

1冊読み終えるまでに「やっぱり自分で読むわ」と言い出すよね、と思っていたのに、その児童書は私の声できちんと感動のフィナーレを迎えた。

へんくつなおじいさんと少年の絆に、感動もした。


今は2冊目の児童書に入り、王様がどうなってしまうのか心配しているところ。

こうなると終わりが見えない。ほんとうに見えない。



毎日こちらの意思とは関係なく続くあれこれは、気が重い日だってあるのだけど、いつか終わると思えばなんとなくしがみついてしまったりもする。

子の成長とともに変化していくはずのいろいろは、たいてい後戻りができないのだ。


膝に寝転んで開けたお口も、乾いた喉をごまかしながら読んだあの長い1章も、手放したらきっと帰ってこない。

成長とともに触れる世界もたくさん増えるはずなのに、どうしてこうも女々しいんだろう。

面倒を持て余しながらも、どれもずるずると続けてしまう。

すぐにセンチメンタルを持ち出して、しがみついてしまうのは、私が親だからなのか、性分なのかとんとわからない。


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この記事を書いた人
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ハネ サエ.

成分のほとんどは3児のおかあさん。
おかあさん以外のときは取材をしたりエッセイを書いたりしています。

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