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宿題をやらない娘。小学校の面談で、先生からもらった優しい言葉。

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強い覚悟と決意を持って臨んだ、小学校組の面談だったけど、思いのほかセラピーだった。


夏休み前にある、保護者懇談会。

今回、私は強い決意と覚悟をもって、臨んだのだった。


まず、小3長女。とにかく宿題が終わらない。

終わらないまま登校して、休み時間を宿題に捧げて、それでも終わらないのか、なんなのか、気がつけば宿題が雪ダルマ式に増えている、そんな一学期だった。


悲壮感をみなぎらせて「先生、なにとぞ宿題を減らしてもらえないでしょうか」とお伝えする、それが私の最大ミッション、と何日も前から心を整えていた。

シュミレーションはバッチリだった。



座る前に、まずきちんと大人らしくご挨拶。

先生から、一学期の総括があって、そのあと「なにか気になっていることはありますか?」と訊ねられる。

私、心底つらいのですという表情をたたえて、しかし、毅然と「宿題がなかなか終わらなくて困っているんです。少し減らすわけにはいかないものでしょうか。」

柔らかな声音でお伝えする。というもの。

宿題が終わらない長女に、私は辟易していた。


かまうものかと、ほおっておいたら真っ白な漢字ノートのページが量産されていたと知ったあの日、まだまだ親の声掛けが必要だったのかもと、背筋を正したあの日、賢明な声掛けもむなしく、宿題が終わらないと知ったあの日、すべての日に、私は長女にやきもきしたし、やきもきしながら苛立ちもした。

そして、それと同時に、そもそも宿題めっちゃ多いじゃないか、とも思った。

毎日こつこつ頑張るのが大切だとは、重々承知しているんだけれど、どう考えたって、私だってこんなに頑張れないよ、という量に思えた。

ごろごろしたり、ぼうっとしたり、漫画を読んだりする大事な時間が失われているのでは、と心配したりもした。

このときの私は、とても切実にそう思っていた。



さて、先生といざお話、お友達関係など事細かにお話をしてくださる。

細やかに長女を見てくださっていると知り、深く感謝をして、頭を下げた。

長女のいいところを、私以上に分かってくださっていて、心がとても潤う。

そうか、そうか、彼女には彼女の世界があって、そこできちんと暮らしているんだなと思うと、頼もしくもあった。


そして、学力についてのお話が続き、来た「宿題、やりませんねぇ」と先生。微笑んでおられる。


「そうなんです!」


強めの相槌で私のターンが来た、と思ったんだけど、そうじゃなかった。


「でもいいと思いますよ」


先生、いい、とは。いい、とはなに。


「えっと、いいですか?」


「うん。いいです。これと言って、学力に影響が出ているわけでもないし、長女ちゃんのペースでやっていたらそれでいいです。」


長女ちゃんのペースってなに。


とりあえず、毎日どっさりやってくる宿題のペースを守るべきだと、私は思っていたんだけど。

提出物は、出すべきものと思っていたんだけど。

やるべきことは、やらないといけないものと思っていたんだけど。


「えっと、私も押したり引いたりして、声をかけたり見守ったりと、色々しているんですが、いかんせん終わらなくてですね。」


ごにょごにょ話していたら、それもまた「うん、それでいいです」と、先生はにっこり微笑んだ。


「押したり引いたり、見守ったり、そのうち長女ちゃんが、自分で落としどころを見つけると思うので。」


そそそそそ、そうか。



「それに、長女ちゃん、宿題をやらない、それだけなので。」


「それだけ、ですか。」


「そうです。逆に言うと、それだけなので。今のところ学力も心配ないし、係の仕事やみんなでやる仕事は、きちんとやっています。お友達関係をみても、ちゃんとなにが正しいか分かっている、やさしい子です。」


つまり、総じてマーベラス(とは、もちろん言われてない)だから、宿題をやらないくらい、気にしなくていいよ、という話だった。


さらには、長女が休み時間に宿題をするのに、ストレスを感じている様子もなさそうだと言う。

マイペースに宿題をやったり、遊んだりしている様子は、そんなに悪くないのだそうだ。

切羽詰まっている感じでもないし、遊びたいときには遊んでいるらしい。

やりたいタイミングでやっているから、いいのでは、と先生。



そう言われると、私って、なんて視野の狭いお母さんだったのかしら、という気持ちになってしまった。

長女は「宿題をやらない困った子」ではなくて、「心やさしいマイペースで素敵な子」なのでは、と憑き物が取れたような不思議体験を得た。

私が行ったのは小学校の面談でなくて、もしかしてカウンセリング的な、いっそお祓い的ななにかだったのかもしれない。

その日の夜には、もはや宿題をやらないなんて、気にもなっていなかった。

長女の顔を見れば、真っ白な漢字ノートが脳裏をよぎっていた昨日までの私、さようなら。


お察しの通り、面談の途中からセラピーを受けたみたいに心地よくなっていた私は当然、先生に「宿題を減らしてください」と言うのなんてすっかり忘れていた。


つまり、宿題はもちろん今後も減らないし、漢字ノートは引き続き、白紙を更新するのかもしれないのだけど、まあ、それもいいのかもしれない。


なんといっても、長女はマーベラスなのだから。



因みに、私が最も不安視していた新一年生長男の面談も、それは和やかに滞りなく終えた。

彼は、はっきり言って頭脳が明晰なのだけど、やや正直に言い過ぎるところがあり、なんというのか、率直なあまり授業中にちょっと馬鹿にしたような物言いをしていないか、心配していた。

のだけど、先生のほうで「知的好奇心が旺盛なので、難しい問題を用意してあげると、とても喜んで取り組んでくれます。それに、楽しんでいると言葉にして伝えてくれるので、クラスの士気が上がっていますよ。とてもいいクラスです。」と笑顔でお話しいただいた。


先生が、彼をうまく扱ってくださっていると知り、とても心強かった。


先生方お二人の笑顔が、とても眩しくて、今後ともよろしくお願いします、と心の奥底から声を出して、深々とお辞儀をして帰宅した。



心が広くて、寛容で、大きなお母さんでいたいと、年中いつでも思ってはいるんだけど、ついつい視野が狭くなってしまうらしい。

至らない部分がつい気になって、ああでもないこうでもないと、気を揉んでしまう。

面談を終えて、そうだそうだ、ふたりとも健やかに大きくなっているんだった。

すくすくと、賢く懸命に成長しているね、と朗らかな気持ちになった。


知らなかったんだけど、もしかすると面談ってそういうふうに、親御さんたちの心の波を鎮めるためにあるのでは、とさえ思った。


大きな視線を得て、心強い気持ちになった私は、当分面談セラピーのおかげで、少しだけ大きなお母さんでいられそう。


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この記事を書いた人
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ハネ サエ.

成分のほとんどは3児のおかあさん。
おかあさん以外のときは取材をしたりエッセイを書いたりしています。

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