「目標が出来ると、レッスンの密度って言うんですか、そういうのがグンと上がるんですよ」

私はピアノの発表会とは、教室のイベント的なもので、そこにそれ以上の意味はないと思っていた、恥ずかしながら。

もちろんそういう側面もあるのだろうけれど、何より子ども達がもっとピアノを好きになって、もっと上手になろう、そう思う為の『目に見える、分かりやすい目標』なんだと先生は私に教えてくれた。

そしてその狙い通り、長女のピアノへの熱意は、発表会の予定が入る前と入った後では、前月対比300%増かそれ以上。

『私、こんなに頑張ってるの、だからドレスちゃんと用意してね』

という目論見…じゃなくて熱意に溢れていて、日曜日、普段なら休日は見向きもしないピアノを弾いている姿を初めて目にした夫は

「すごいなー弾けてるやん」

そう言って感心していた。

うん、右手だけな。

この時の発表曲は『まほうつかいのよる』 という小さい子向けの簡単だけれど綺麗な曲で、この曲を長女は、主旋律である右手はたまにリズムが早くなりすぎるけれど、間違いなく弾きこなし、それなのに左手がとにかく遅れるという現象が治らず、本番直前は本来なら週1回のレッスンを急遽、週2回にして練習した。

それでも最後まであまりいい仕上がりとは言えなかったその演奏も先生は

「間違えたらそれも味」

そう言って励ましてくれた、そうでしょうか、甘すぎでは。


でも長女は、発表会当日、おばあちゃんである私の母が縫ってくれた、コットンシルクのピンクのドレスを着て、髪にピンクのガーベラの花飾りをつけ、少しも緊張なんかせずに笑顔で舞台に立ち。

本番だけ一度も間違えずに完璧に弾き切った。

子どもってたまにこういう事をする。


その日は残念な事に、夫と息子は用事で別行動、私が長女に付き添ってその晴れ舞台を映像に残し帰宅してから男2人が嬉しそうに長女のピアノを聞いていた。

だから、長女の初めてのピアノの発表会の演奏を生で聞いたのは、私と本人ともうあとひとり、次女だ。

私はこの時妊娠34週目だった。

次女はあの時、私のお腹の中でちゃんと姉である長女の演奏を聞いていたのだと思う。

だって今、いつものレッスンの日に先生が我が家に来る時、真っ先に玄関に走って行くのはこの次女だ。

長女のレッスン時間に自分もピアノを弾くんだと言って邪魔をしに来る始末。

来年にはこの次女も先生の門下生として正式にレッスンを受けさせてやらないと。

そして来年は無理かもしれないけれど、再来年ぐらいには世界ももう少し落ち着いているかもしれないし、そうしたら今度は長女に新しいドレスを奮発して新調し、次女にはあの時のピンクのドレスを着せて発表会の舞台に立たせてやりたい。

その時は家族全員で観に行きたい、そう思っている。