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心配、心配、ぐう心配…!だった初発表会が、家族の特別な日になるなんて。

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初めて我が子が舞台に立つ日。
その日、親は舞台を直視できるのか、そしてその準備と練習の日々はどんなものか。
ウチの長女のピアノ発表会の思い出。

私もピアノが弾けたなら

私が子どもの頃、周囲にピアノを習っている子は1クラス40人の中で2~3人しかいなかった。

地域性もあるかもしれないけれど、私が育った北陸の田舎にはピアノ教室みたいなものは当時まだ少なかったし、習い事と言えば、お習字かそろばん、あとはプリント学習の小規模の学習塾程度の選択肢しかない場所。

ピアノは花形で、私の憧れだった。

私は母に訴えた

「私もピアノ習いたいな」

母の答えはこうだった

「え、無理よ」

送り迎えもあるし大体ウチにはピアノがないじゃないと言われて、すげなく断られ、ピアノへの憧れは憧れのまま、私はピアノの弾けない大人になった。



それから約30年後、33歳で産んだ2番目の子、長女に

「アタシ、ピアノが習いたい」

そう言われた長女5歳の冬、私は

ハイ、長女ちゃんお母さんその一言ずっと待ってた。

そう思って内心飛び上がって喜び、表面上は

「ウン、習うのはいいけど、ちゃんと練習するんだよ、ピアノも買わないといけないんだしさ」

そんな風に訓戒を垂れ、なるはやで長女の為に良い先生を探した。

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先生がくれるもの

幸い今我が家があるのは、そこそこ人口のある関西のベッドタウンで、ピアノ教室の選択肢は多い。

大手の音楽教室、地域で長く教室を開いている個人教室、探せばいくらでもあった。

その中で私がお願いしたのは、長女の友人が習っているという先生だった。

各生徒の家に訪問してピアノを教えてくれる個人レッスン形式の先生で、Tシャツにデニムにまとめ髪の近所の元気なお母さんという感じの人。

実際近所のお母さんなのだけれど、素朴で気さくで何より

全然怒らない先生だった。

長女の母親の私自身は昭和産の人間なので、ピアノだとかバレエだとか、一見華やかでリボンでチュールレースでサテンのワンピース的なお稽古事というのは、その裏側が熾烈に厳しいのが定石だと思っていた。

レッスン中、先生の怒号が飛び、生徒は慄いて泣く。

でもそんな事は一切なかった。


長女は別に不真面目だとか怠惰だとかいう子ではないのだけれど、生来呑気者というか相当なマイペースさんで、先生が

「じゃあ長女ちゃん、今日はここ宿題にするからね、練習しておいてね」

初級も初級の小さな子ども向けの教本の中の1曲を仕上げるように宿題を出しても、次のレッスンでいい仕上がりを見せている事はまずない。

それでつっかえつっかえリズムを狂わせ、指は鍵盤の上をあっちこっち寄り道し、えっとこれはニ短調?ト長調?お母さんには皆目わかんないという1曲を弾き終えて、いつもドヤ顔でニコニコしている。

傍らの親は気が気じゃない。

普段、レッスン終了後はほんの5分程先生から『今日はこんな事をしました』『宿題はこのページを出しました』というお話をしてもらっている、その時に私が

「すみません、いつも練習しなさいとは言ってるんですけど、あんまり言うとあの子もイヤになるだろうし、かと言って放っておくとあまりやらないし…」

もうホントに、困ったもんですと、言い訳のような子育て相談のような事を言うと 、先生は

「音楽は一生仲良くしてくれるお友達ですから、今はそういう感じでいいんですよ」

そう言って鷹揚に笑ってくれるので、私達親子はこの先生がとても好きだ。

ただ、発表会となるとそうは言っていられなくなる。

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発表会がやってくる

長女の初めてのピアノの発表会は、6歳の秋だった。

それまではこの優しい先生のピアノ教室は口コミの、知る人ぞ知る個人レッスンのピアノ教室だからそういうのは無いんだろうと思っていた。

でもある日先生からメールで

「今年は市民会館の中ホールを予約できました、発表会は11月です、みんな頑張りましょう!」

というお知らせが来た。

それを見た時私は、我が子の晴れ姿が楽しみだとか嬉しいとかではなくてまず

『発表会?あのヘロヘロの演奏で?本気ですか先生?辞退します!』

イヤイヤ無理でしょという後ろ向きの感情が凄い瞬発力で脳内に飛んできた。

その次に

エッ?そういう時って何着せるの?

という疑問が発生。

思えばピアノの発表会になんて出た事がない人生だった。


その当時、やっと楽譜を少し読めるようになったばかりで、演奏は片手で簡単な音符を追う程度の事しかできていなかった初心者中の初心者の長女は、それに加えて度を越した恥ずかしがり屋さん。

とにかくシャイで先生が会場にと予約したホールは検索してみると『中』ホールとは言え、小学校の体育館位の規模のホールだった。

その会場のステージ上でスタンウェイのコンサートピアノを弾く長女を想像するだに私は

「あの気の小さい長女にそれはちょっと無理では」

そう思えた。

だからメールを見て即、私はつい本人に真顔で聞いていた。

「ねえ長女さん、今度ね市民会館の中くらいのホールでピアノの発表会があるって先生が連絡してきてくれたんだけど、そういうの大丈夫?」

「ウン!」

即答。
本当?できんの?

「イヤイヤ、ステージに大きいピアノがバーンてあって、客席に沢山お客さんがドーンといてな、他のお友達も順番に演奏して、きっとすごく緊張すると思うよ、普段着た事ないドレスなんかも着なあかんし」

「ドレス?着たい!」

私が、ドーンとかバーンとか擬音語を多用した関西弁で『発表会』を説明する言葉の末尾の『ドレス』に長女は過敏に反応した。

そう、6歳の当時も9歳の今も、長女はヒラヒラしてフワフワしてキラキラした物が大好きだ。

ピアノの発表会のドレスなんてもうどストライク、長女は親の心配をヨソに

「絶対大丈夫、絶対弾ける、だからママ、ドレスはピンクにしてな!」

そう言ってピアノのある和室に駆けて行き、まだ発表曲も決めてないのにピアノを弾き始めた。

その勢い、普段から欲しかった。

こうして人生初のピアノの発表会に6歳の秋に挑むことになった。

無理なら来年があると思うよという母の心配を

「イヤ」

という一言で退けた長女。

私はこの時、マイペースとは頑固と同義語であるという事を知った。

長女は穏やかそうな顔をして言い出したら本当に聞かない。

この記事を書いた人
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きなこ

11歳ADHD・DCD男児、9歳ハイパーマイペース女児と
心臓疾患の2歳児の母をあまりがんばらないでやってます。

Twitter:日々の事と大体こどもの...

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