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母の笑顔が見たかったけど…。「何でも食べる子」をやめた私が、それで良いと思う理由

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母が喜んでくれるから、苦手なものでも何でも、たくさん食べていた幼少期の私。でも、ある時……?


まいどおおきに!

好きなものを好きなだけ食べる系オカン、さとえみです。

今回は「食べ物」といいますか、「食べ残し」に対するスタンスについて描いてみます。

私が育った日本と、今暮らしているベルギーとでは、まるで考え方が違うようで……?

「もったいない」の国

母の笑顔が見たかったけど…。「何でも食べる子」をやめた私が、それで良いと思う理由の画像1


幼い頃の一瞬の記憶をもとにこう言うのも何ですが、私は好き嫌いのない「何でも食べる子」でした。

量も比較的多めに食べていたので、ぽっちゃりしていました。


何でもよく食べていた理由は、「母親の喜ぶ顔が見たかったから」です。

当時、喉越しがぬるっとする納豆のような食材は苦手だったのですが、頑張って食べていました。

正直に言うと、とても無理していたと思います。

でも、食べきった時の母親の嬉しそうな顔を見ると、私も嬉しくて誇らしい気持ちになったのを覚えています。


母親は何でも「もったいない」と言う性格だったので、そんな私の様子を見て、「食べ物があるんだから、この子に食べさせないともったいない」と、純粋に思っていたと思います。

なので、ご飯はいつも多めに盛り付けられていました。

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しかしそんな日々も少しずつ変化し、たくさん食べる私のお皿の横に、他の家族が食べ残したおかずのお皿も置かれるようになりました。

他の家族は、お腹がいっぱいになったり嫌いな食べ物があったりしたら、すぐに残していたのです。


まるでグラデーションのように、私にとって食事の時間は、少しずつ「嫌なもの」になっていきました。

最初はきれいに残った残り物だけだったのですが、やがて魚の内臓のような苦い部分や、箸で切られたものなど、とにかくすべて私の目の前に置かれるようになりました。

母親に悪気はなかったのかもしれませんが、当時の状況はまさに「残飯処理」とも言えるようなものだったと思います。

母の笑顔が見たかったけど…。「何でも食べる子」をやめた私が、それで良いと思う理由の画像3


とうとう私は、「何でも食べる子」をやめました。

母親は激怒しました。

もともと偏食な子が食べないのは理解できても、最初はよく食べていた子が残すようになったことが理解できなかったのでしょう。

「わざと親を困らせる悪い子」「わがままな子」というレッテルを貼られてしまい、それは思春期になっても続きました。

「昔はあんなにいい子だったのに、今は見る影もない!お前は親不孝モンや!」と叫ばれたこともあります。


最初に無理に食べ続けたがために、他の子と同じように「自分の食べたいものを、食べたい量だけ食べる」ということに対しても、ずっと責められ続ける。

割に合わないなぁと、無理して「いい子」でいたことを後悔したこともあります。

この記事を書いた人
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さとえみ

ベルギーの片田舎に生息するお絵かき好きの主婦です。
ベルギー人夫ヤンと共に二人三脚で三姉妹を育てています。...

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