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末っ子の成長欲の源は、「自分がいつも下」だということだった。

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この所、末っ子にじゃんけんブームがきています。

明けても暮れてもじゃんけん、じゃんけん。

じゃんけんを理解できるようになったのが、どうやらとっても嬉しい様子。


3歳の末っ子がここの所、じゃんけんブームの中にいる。

なにかにつけ、じゃんけん。遊びと言えばじゃんけん。さらには、賢さと言えばじゃんけん、であるらしい。


ようやくじゃんけんの理屈がわかってきた末っ子は、最近ここぞとばかりに、じゃんけんの知識を披露している。

たぶん、彼女にとって、グーがチョキに勝つとか、チョキがパーに勝つとか、パーがグーに勝つとか、それらの仕組みが長らく闇に包まれていたんだろう。

姉兄のじゃんけんに、今までも加わっていたんだけれど、自分が勝っているのか負けているのかまでは理解ができず、姉や兄に「じゃあ、負けたから鬼ね」やらなんやら、突きつけられる答えだけが、すべてだった。

それが、この勝敗の理屈が分かるようになったんだから、きっと目の前が拓けるような心地だったと思う。

そして、どうやら、「私、とってもお姉さんになった」と思ったんだろう。



先日、お友達のお宅に赤ちゃんが生まれたというので、お邪魔した。

長女も長男も、ほくほくと赤ちゃんを眺めて触れて、かわいいねかわいいね、と言い合った。

子どもたちが、楽しく遊んでいると、ふと末っ子がベビーベッドにかじりついていて、なにやら赤ちゃんに向かって話している。


どおれ、と聞き耳をたてていたら、まさかのじゃんけんをレクチャーしていた。

赤ちゃんの握ったおててを見て、グーを連想したのかもしれない。


小さな小さな声で、「チョキが負けちゃったから、次はパーしてね、○○(自分)はチョキするから、そしたら○○(自分)勝つからね」とかなんとか。


それはそれは、小さな声で話していた。

いつも兄姉に、あれこれ言われるがままの末っ子が、やっと見つけた、自分より小さい存在。

その彼に向けた、最初の言葉がそうか、じゃんけんなのか、と感心するやらかわいいやら、頭が忙しかった。



またある時は、兄と姉がなにやら口論しているのを、末っ子が頬杖をついて眺めていた。

ああしょうがないわね、といった風情がよく出ていた。

本人にもそのつもりがあったんだろう。

ああしょうがないわね風情を出すために、それらしいなにかを言いたかったらしい。

小さな声でため息交じりに、なんごとかを言い出したので、耳をそばだてて聞いていたら、やっぱりと言おうか、それもじゃんけんだった。


「はぁ、もう、ね。だってね、グーとパーだとね、グーが負けちゃうんだから……うんたらかんたら」


もちろん、兄姉の喧嘩に、じゃんけんは関係がなく、ただ、末っ子は自分が知っている中で、一番お姉さんらしいことを言いたかったんだと思う。

その、賢さの権化がじゃんけんなのだった。かわいいが渋滞する。



私には3歳離れた妹がいて、2歳離れた姉がいる。

1、2年位前に、妹家族と姉家族と母とで、旅行に行った。


そのときに、なんでだったかは忘れてしまったんだけど、我が家の子どもたちがとっても喜んで、飛び跳ねた。

長女と長男が「わーいわーい」とぴょんぴょん飛び跳ねて、末っ子もふたりを見てそれに倣うように、ひざをきゅっきゅと曲げながら万歳をしていた。

まだ2歳かそこらだったから、ちゃんとしたジャンプは当然できなくて、でも姉兄の真似をしたい末っ子が、とても微笑ましくてかわいいなと思っていた。


「真似してるね」と私が笑うと妹が、「うん。でも同じようにはできないって、わかってるんだよ」と言った。


妹曰く、自分には「姉たちと同じようにはできない」が、ずっとついてまわったらしい。

そういうものだと思っていた、とも言っていた。

以来、末っ子がほんの少し背伸びをするとき、それは姉や兄の背中を追っているのかもしれない、と思うようになった。

そして、同時にほんの少し「ねーねやにーにみたいにはやれないけど」と思っているのかもしれない、とも。


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ハネ サエ.

成分のほとんどは3児のおかあさん。
おかあさん以外のときは取材をしたりエッセイを書いたりしています。

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