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子どもたちが信じてやまないこと。「うちのママは魔法使い」という、特別なウソ。

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子育てをしていて、上手くできたと思えたことなんて全然ないけれど、これに関しては不可抗力も含めて「よし!」と思ってます。


子育てなんて、思い通りにならないことばかりだ。

あれこれ悩んだり試行錯誤したって、だいたい思い通りにはいかないし、こんなはずでは、と思うことばっかり。


一生懸命、愛情を注いでいるつもりでも、もしかしたら、子が大きくなった時に「重かった」とか「過干渉が嫌だった」と思うかもしれないし、ぐっとこらえて手を出さず見守っているつもりでも「もっと手を貸してほしかった」、「さみしかった」、といつの日かに言われてしまうかもしれない。

今やっていることが、正しいなんて思えたことなんて、全然ない。


ただ、私の中で、たったひとつ、これはうまいことやったのでは、と思うことがあるので、そのことについて今日は書いてみたいと思う。


すべての人にとって有益だとか、そういことではなくて、思い通りにならない子育において、ひとつくらいはガッツポーズをできるものがあるっていいじゃない、ということ。

そして、それがもしかして100人にひとりくらいには刺さって、お役立てできるかもしれないという小さな期待。



我が家の子どもたちは「ママは魔法が使える」と本気で、かなり本気で思っている。

8歳の長女も、5歳の長男も、言わずもがな3歳の次女も、みんなそれぞれ程度の差こそあれ、信じている。


きっかけは些細なことだった。

長女が幼稚園に通いだしたころ、「今日の給食はおかわりしたでしょ(大好きなカレーだったもんね)」とか、「今日はお外で遊べなかったね(雨だったし)」とか、何気なく声をかけていた。

すると、ある日、長女が「どうしてママは幼稚園に行ってないのに、幼稚園のことを知ってるの?」と、全身に不思議をまとわせて訊いてきた。

あの純粋なまなざし。そして、それに対してかわいい嘘がつける私。

「ママはね、心の目で見てるんだよ。心の目はね、『今、娘ちゃんはなにしてるのかな~』って考えると離れていても、ちゃんと娘ちゃんのことが見えてしまうんだよ」

と、伝えた。生来の妄想癖はこういう時に役に立つ。ひらめきさえすれば、息をするように嘘がつけてしまう。

この嘘の秀逸な点は、言いようによっては、ちっとも嘘じゃなというところだ。

本当のことを言ってしまえば、ただの「予測」なわけだけれど、予測はデータに基づいてするものであるし、その蓄積されたデータは私の脳内にあるわけで、そしてそれを映し出すのは愛情に裏打ちされたほかならぬ「心」なのだ。

つまり、回りくどい書き方をしたけれど、それは「心の目」つまり心眼。

端的に言えば嘘だけれど、回りくどく言えば真実になるトリックをはらんでいる。


長女はこれを境に、「ママ、今日も心の目で見てた?」と嬉しそうに訊くようになり、私はその都度、今日起きたであろうことを答えたり、見当が何もつかない場合には「曇っていてよく見えなくて……」などと、うまくかわしたりした。

この伏線が後にとっても役に立つことを、この時の私はまだ知らない。



いきなりだけれど、我が家の子どもたちは、注射や採血で泣くことがない。

我が家で注射針に一番騒ぐのは私だ。

インフルエンザの予防注射のときなんて、子どもたちを前に立場がない。


親がこの有様なのに子どもたちは、なんでへっちゃらなのかと言えば、私が注射の前にかけてやる「おまじない」を、彼らが全力で信じているから、だ。

そして、そのまじないをなぜ、全力で信じられるのかと言えば、ママには心の目があるから。

つまり、それすなわち「ママはちょっとした魔法がつかえる」ということになっているらしかった。

はっきりとそう言われたわけではないのだけど、彼らが「おまじない」を信じるとき、その眼は「心の目」の話をするときと同じ色をしている。



まじないは特に練られたものではなくて、その場の思いつきでやったやつが、そのままずっと採用されている。

① お耳に向かって、何かそれらしい感じで、抑揚をつけてコショコショ言う。

② そして、間髪入れず「はい塞いでっ!出ちゃう!」と耳を塞いでやる。

もし、その時に不安そうな子がいれば、手のひらにも同様にまじないをかける。

手のひらの場合は「はい握って!」と、手をグーにさせる。

③ やり切った顔で「はぁ、もう大丈夫…これで痛くないわ。うまくいった…。」と、玄人らしさを滲ませて言う。
というもの。

このまじないはそうとう効くらしく、彼らの持病のせいで定期的にやってくる採血も、難なくクリアできている。

採血は病院の方針で、私と引き離されて別室で行われるのだけど、毎回彼らは清々しい顔で、ご褒美のシールを片手に戻ってくる。

すっかりまじない信者になっているので、採血前にもいちいち騒ぎ立てることもなく、看護師さんに手を引かれるままに別室へ吸い込まれていく。

信仰のすごさを毎回感じる。

そして、この信仰心は、「ママは魔法を使える」という思い込みに、裏打ちされていることを忘れてはいけない。

長女が年少さんのときに口をついて出た私の嘘は、弟妹へと真剣なまなざしで語り継がれ、いつしか彼らの世界でママは「ちょっとした魔法使い」になり、注射や採血の際の不安や恐怖を拭い去っていった。



不器用で、そそっかしくて、キャパシティがおちょこくらいしかない、私の子育て生活において、数少ないグッジョブは「ママはちょっとした魔法使い」と、子たちに刷り込むことができたこと、かもしれない。

年に数回の医療的な側面においてしか、発揮されることがないけれど、これは私の功労だと思っている。

予防接種のときや、採血のときに羽交い絞めにしなくていい、という程度のお得感だけれど、そのくらいでちょうどいい。

親が子にしてやれれることなんて、うんとささやかだと思っていないと、いろんなことを過信してしまいそうだもの。

いつかいらなくなるこの魔法を、彼らの幼さの上で転がして、そうしていつか大きくなった彼らを、ほんの時々温められたらそれでもう、大満足。


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この記事を書いた人
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ハネ サエ.

成分のほとんどは3児のおかあさん。
おかあさん以外のときは取材をしたりエッセイを書いたりしています。

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