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いつも不安だった私が、授乳の試行錯誤で得た「必要なものは増やせばいい」の心

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双子妊娠中に切迫早産で入院した日から、思えばいつも不安だった私。出産後、はじめての授乳でさらに不安になった私は、気づけばこんな試行錯誤をしていました。

私の「不安」は、双子妊娠中から始まった


双子妊娠26週の健診で切迫早産と診断された私は、その日から約10週間の入院生活を送ることになりました。

入院の目的は、できるだけ長く妊娠を継続すること。

絶対安静を言い渡され、入院と同時に、子宮の収縮を抑えるための点滴が投与されました。

37週の帝王切開予定日に向けて、日々安静に過ごすことだけを求められたのです。


いつ生まれてしまうか分からない不安と向き合いながら、1日でも長くお腹にいて欲しいと願う毎日。

結果的に、双子は予定日の1週間前に緊急帝王切開で誕生しました。


不安だらけだった妊娠生活がようやく終わったものの、当然のことながら、そこからは怒涛の勢いで双子育児が始まります。

特に大変だったのが、初めての授乳生活。

それは、眠れない日々の始まりでもありました。


私が入院していた産院では、授乳の前後に赤ちゃんの体重を測定し、その増減を見て授乳量を確認してからミルクを補うという方針でした。

右も左も分からぬまま3時間おきに授乳室に通ってみるものの、やや小さく生まれた双子は哺乳力が弱く、母乳を飲むのにも時間がかかる。

これを2人分こなすだけでも、かなりの時間が必要でした。

その後で体重測定してから、足りない分はミルクを飲ませているうちに、あっという間に次の授乳時間がきてしまう。

退院するまで、そんな日々が続きました。

その当時心に浮かんだのは「こんな状態の双子を連れて帰って、私たちはやっていけるのだろうか?」ということ。

入院生活が長かったこともあり、私は自宅に帰るのがとても不安だったのです。

いつも不安だった私が、授乳の試行錯誤で得た「必要なものは増やせばいい」の心の画像1
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自宅での双子育児がスタートして、さらに続いた「不安」な毎日


いざ自宅での生活が始まると、産院でやっていたような体重測定はないので、子どもたちの飲みっぷりやかかる時間だけを頼りに授乳をこなす毎日でした。

すると今度は「この子たちは、ちゃんと必要な量の母乳を飲めているのだろうか?」という心配が絶えない。

つい先日まではお腹の中にいて、1日でも長くお腹にいてくれますようにということを願いながら過ごす毎日だったのに、生まれたら生まれたで、また別の心配がつきまといます。

不安に駆られた私は、夫と相談して、産院と同じように双子の体重を測ってミルクを飲ませることにしました。

当時の私にとっては、それが唯一の「確かなもの」だったのです。


その日の記憶がすぐになくなるくらい目まぐるしかったので、「いつ、誰に、どんなお世話をしたか」を記録する簡易な育児日誌もつけました。

ノートを真ん中で折って2人分の記入欄をつくり、ミルクを飲んだ時間と量、おむつ替えや昼寝のタイミングなどをひたすら書き留める。

そんな小さな工夫を積み重ねながら、何とかして自分の不安な気持ちと向き合う毎日でしたが、家族がそんな私の不安を理解してくれたことが救いでした。

「そんなことしなくても大丈夫だよ」などと言わずに、ただ私の気持ちを尊重して見守ってくれたことが、大きな支えになっていたように思います。



そうして家での双子育児が少しずつ軌道に乗った頃、また別の悩みが出てきました。

我が家の場合は母乳とミルクの混合育児でしたが、娘はミルクを好むところがありました。

今思えば、ミルクが好きなのであればミルクをあげれば良かったんです。

でも、双子の母になったばかりだった当時の私は「どちらも公平に育てたい」という想いが強く、娘はミルクで息子は母乳、というように割り切ることができませんでした。


できることなら2人ともに同じだけの母乳をあげたいと奮闘したのですが、ただでさえ眠れない日々の中で母乳にこだわることは、自分を追い込むことにしかならない。

そのことに気付き、結果的には2人ともミルクで育てることにしました。


今思うと、この決断はひとつの大きな転機になりました。

2人ともミルクで育てると決めたことで、夫や実母などの協力を得ながら2人同時にミルクをあげることができるようになり、生活が少し楽になりました。

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「必要なものは増やせば良い」が、私の育児の指針に


その後は少し肩の力も抜けてきましたが、双子をミルクで育てていると、今度は「哺乳瓶が足りない」という問題がありました。

授乳のたびに哺乳瓶が2本ずつ必要なわけですが、毎回哺乳瓶を洗って消毒して…という時間も手間もかけられません。

比較的お手軽な、電子レンジで加熱殺菌するタイプの消毒を使用していましたが、それでも自転車操業に限界がきて、どんどん哺乳瓶を買い足すことに。

気がつくと、自宅に8本の哺乳瓶が並んでいました。

当時はそんな余裕はありませんでしたが、写真でも撮っておけばよかったな…と思います。

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子どもたちが小学2年生になった今では、授乳の悩みに向き合っていた頃のことは、遠い昔のことのようにも思えます。

当時の自分にとっては大きな悩みでしたが、今思えば母乳でもミルクでも問題はなかったし、娘と息子の授乳をすべて同じにする必要もなかった。

かと言って、あの時の悩みや試行錯誤に意味がなかったのかというと、決してそうではありません。


試行錯誤の繰り返しだった「授乳」を通して、私は知らず知らずのうちに、育児中の不安との向き合い方について自分なりに模索できました。

そして私の場合は、「必要なものは増やせば良い」というスタイルにたどり着いたように思うのです。



子どもたちの授乳量が心配なのであれば、体重計を用意する。

いつ何をしてあげたのか把握しきれずに不安なら、記録ノートを用意してざっとメモする。

母乳とミルクの混合育児に限界を感じれば、より他人の力も借りやすい「ミルク」の時間を増やす。

常に清潔な哺乳瓶を用意することが大変なら、思い切って哺乳瓶の数を増やす。


これらの小さな決断の連続に必要だったのは、「悩んだ時は自分の気持ちを受け入れる」ということ。

そして、それを素直に周りにも伝えて、思ったように行動に移すということだと思います。



授乳のたびに体重を計って一喜一憂していた日々も、ちょっと笑えてしまうくらい大量の哺乳瓶を並べていた景色も。

今となっては、とてもいい思い出です。

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この記事を書いた人
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おぎ

2012年生まれの小学2年生の男女双子の母
転勤族の妻
双子を連れて2度の引っ越し(広島・福岡)経験あり。
現在、都内ベンチャー企業にて短時間正社員として...

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