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出来すぎていた長男が、自粛生活で甘えん坊に。いいよ、だって、本当はしっかり者ってわかってるから。

出来すぎていた長男が、自粛生活で甘えん坊に。いいよ、だって、本当はしっかり者ってわかってるから。のタイトル画像

とにかく手も目もかかる真ん中長男。

疲弊でくたくたになるけれど、これが彼のターンだと思えば。


自粛生活が、まるで日常のような顔をして、こっちを見ている。


小学校も幼稚園もお休みになって、朝も昼も夜もママと一緒にいられて、けれどどこにも遊びに行けない。そんな毎日が、だんだん「普通」になってきた。

子どもたちは「どこか行きたい!」も、すっかり言わなくなったし、「今日もお休みなの?」なんて、とっくのとうに言わなくなった。


こうなると、子どもたちと私の距離がどんどん縮んで、彼らの中の外の顔が、少しずつなりを潜めていくのがわかる。

ママに見せる顔だけで構成される彼らは、うんと甘えん坊で安心し切っていいて、とっても愛くるしいのだけど、面倒も多い。

「ママ!!」と呼ぶ回数が日に日に増え、膝に乗っかってくる頻度も増した。

朝、ベッドから抜け出して、家事や仕事をしようものなら、劣化の如く怒りを露わにして、やっぱり「ママ!!!」と呼ぶ。いや叫ぶ。

とにかく、彼らの中で、ママの存在が大変大きくなっているらしい。


二度目になるけれど、面倒が多い。とても多い。



特に手がかかるのが、真ん中。5歳の長男だ。

ウェブで「真ん中 子育て」と検索をかけると、「育てにくい」だとか「難しい」とか、いかにもややこしそうな単語が並んでいる。

わかるよ、と頷きそうになる気持ちを、ぐっと堪える。

なぜなら、私自身が三姉妹の真ん中っこなのだ。

いつか子供が生まれて、そしてそれが3人ならば、私は誰よりも真ん中っこの気持ちを分かってあげるのだ、ともう随分長いこと思ってきた。

それは大袈裟ではなく、ほとんど幼少期からの思いでもある。

姉のようなお利口さんにはなれないし、妹みたいな愛らしさもない。

なぜだか、姉妹の中で私だけが頑丈に産まれてしまって、困ったことに物理的な手も、かからない。

愛されていないと思ったことはないけれど、いつも小さく不満だった。私だけが主役になれないポジションが、いつも不満だった。


自粛生活の中で、一番不機嫌なのは、なんといっても真ん中っこ長男だ。

まず朝起きて、ママの隣で目が覚めなかったことに怒り出す。彼は夜中にごろごろ転がって、ベッドの突端や、壁際で目を覚ますことが多い。

「なんでママは隣にいないの!!」

いや、知らんよ。

朝食の時は、食べる前からメニューにケチをつけるし、食べ始めたかと思えば「牛乳!!」とまた不機嫌そうな声を出す。

なんで、「ママー。牛乳ちょうだい♡」って、姉や妹のように言えないんだよ、と、こちらだって思わなくもない。

「牛乳ちょうだい、でしょ。そんなに怒って言わなくたって、ちゃんと入れてあげるじゃん」

とりあえず伝えるべきことは伝えつつ、牛乳を差し出す。

「あーりーがーと!」

その声さえなんでなんだ、とげとげしい。

ああ、やれやれ。



朝食の片付けをしていれば「ママ来て!!」と呼ばれ、ちょっと待ってね、と言えば返事の代わりに、もう一度「ママ来て!!!!!」が返ってくる。

トイレに行けば「ママどこ!!?!!」と、どこからともなくまた不満な叫びが響き、ようやく庭で長女と遊び出したかと思えば、「ママー!!長女がどうたらこうたら云々…!!!」とにかく1日を通して、怒りとクレームで体がパンパンだ。


長引く自粛で、ストレスが溜まっているんだろう。

ママとずっと一緒にいるから、甘えが強く出ているんだろう。

頭では理解しつつも、どっと疲れる日もある。

いくら我が子だって、いちいち不満をぶつけられるのは、ぜんぜん気分が良くない。

こんな時だから、と、楽しいことや美味しいことを並べては、少しでもストレスなく過ごせるように働きかけているつもりなのに、なんだろう、この仕打ち、と思う日だってある。

だけれど、お風呂上がりに、無心で化粧水を顔にはたいているときなんかに、ふと、「でも彼には、足を向けて寝らんないんだよなぁ」と思う。

というのも、私には、彼に助けられ続けた、三年間が確かにある。

その三年間がなかったら、今頃私は、どこかでのたれ死んでいたかもしれない。



長女が2歳の時、長男が産まれた。

3200g、産まれた時からふくふくと大きく、おっぱいをそれはよく飲んだ。

吐き戻しをすることもなく、ごくごく飲んで、3ヶ月を終える頃には、生命力の塊みたいに、身体を大きく膨らませていた。

なかなかおっぱいを飲まなくて、ちっとも大きくならなかった長女に、神経をすり減らせていた2年前を思うと、拍子抜けするように、あっという間の3ヶ月だった。

その頃、イヤイヤ期と赤ちゃん返りで、どこまでも長女に手がかかっていて、長男を構う余裕なんてちっともなかった。

長女は体が痒いとか、暑いとか、夜中に何度も泣いて目を覚ます子だったのだけど、その隣でいつも長男はすこやかに眠っていた。

ありがたかった。

支援センターに連れて行っても、ベビーベッドの中で勝手に眠り、勝手に起きて、ご機嫌でいてくれた。

ちっとも相手をしてやれないのに、いつもご機嫌で、いつも頼もしかった。

壮絶な夜泣きをする長女を尻目に、夜泣きをすることもないまま1歳を迎え、3歳を迎える少し前には、オムツもあっさり卒業した。

「今日からパンツにしようか」。

この一言だけで、オムツを卒業して、有りがちなトイレの行きしぶりや、遊びに夢中になっておしっこを漏らす、なんてことも一切なく、まるでずっと前からそうしていたかのように、尿意をもよおしたらすっと立ち上がり「おちっこ」と、自らトイレへ向かっていた。

そして、末っ子が産まれたら、いよいよ赤ちゃん返りをするかもしれない、とドキドキしたのも、まったくの杞憂だった。

退院したその日から、小さな妹に母性を爆発させて、真夜中にでさえ、がばりと起きて「赤ちゃんは?!」と心配しては起きてきた。

妹の寝顔を確かめて、もう一度眠りにつく。

夫より、よっぽど母性が強いやないの。

昼間は昼間で、何度も抱っこをしたがったし、少し大きくなったら、率先して妹と一緒に遊んでいて、微笑ましさしかなかった。

とにかくずっと、長男の子育てにストレスがなかった。


長女は、飲まない、夜泣き、トイレの行き渋り、頑固なイヤイヤ期、赤ちゃん返り、弟いじめ、登園渋り、あらゆることをみごとに網羅した、手がかかるビンゴがあったらトリプルビンゴくらいのお子様だったから、これはもうほとんど奇跡のように思えた。

私の知っている子育てじゃない…、と目が点になった。

長女に手がかかりすぎていたあの頃、長男の菩薩のような居住まいに、どれだけ救われたか分からない。

あの当時の、孤独な子育てを支えていたのは、紛れもなく長男だった。



今やすっかり我が家の手がかかるお子様、第一位に君臨する長男だけれど、あの三年間があったから、ため息と同時に少し微笑ましくもある。

あの時、甘えられなかった分を取り戻していると思えば、なあにこれくらい、と思える。

甘えそびれた真ん中っこが、やっと見つけた自分のターンなんだろう。

君が誰よりしっかり者だってことくらい、母さんちゃんと分かってる。


自粛生活も、どうやら一旦ゴールが見えてきたようだ。

蜜月の日々もあと少し、ぞんぶんに甘えればいい。

だけど、やっぱりその大きすぎる声は、もう少し絞ってもらえたら、と思わなくないんだけど。


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ハネ サエ.

成分のほとんどは3児のおかあさん。
おかあさん以外のときは取材をしたりエッセイを書いたりしています。

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