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登園渋りがすごい。泣き叫び、動かなかった娘が、卒園後に放った「まさかの一言」とは?

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生来のおせっかいが、暴走しそうになる春です。

新入園児のママを、ひとりひとり、心の中で全力ハグしてる。


あれは、長女が幼稚園に入園したばかりの頃。


4月の風物詩と言われたら、そうなのかもしれない。

長女は毎朝それはもう、すごい剣幕で泣いていた。

朝起きるところから闘いは始まって、まず、布団を剥いだら長女は寝たふりを決め込んでいる。

固く目をつむって、起きまいと身を小さくまとめて丸まっていた。

どうにか起こして、朝食を食べさせても、着替えない。

園の制服を着るのが嫌で、家中を子ねずみみたいに走りまわって逃げていた。

小さい子どもしか、入り込めないような隙間に、身体をぎゅっと詰め込んで、引っ張り出すのに難儀した。

無理やりパジャマを脱がせて、泣き暴れる長女の腕にブラウスの袖を通す。

さて、反対も、と袖を通したら、さっき通したはずの袖がもう、もぬけの殻だ。

右を通せば左が抜け、左を通せば右が抜ける、永久運動だった。

どうにかどうにか、制服を着せても、最後の抵抗で、靴下を履かない。

身体をくの字に器用に折り曲げて、足を死守するのだ。

履かされまいと、知恵をこれでもかと振り絞って、嗚咽を漏らす長女が愛しいやら、切ないやら、時間がせまるやら。



制服をぐちゃぐちゃに着せて、車に乗せて、園まで走る。

車の中でも、もちろん長女は泣いている。

ドナドナの気分である。毎日かなりシリアスなテンションで、「こんなのドナドナじゃないか」と本気で思っていた。

園についたからって安心はできない、車から降りない。頑として降りない。

ここでも身体をぎゅっと丸めて、今度はチャイルドシートのバックルを死守する。

例え、子どもでも火事場の力は強くて、私も本気を出さないと太刀打ちできない。

しっちゃかめっちゃかになりながら、死闘を繰り広げていると、見かねた先生が駐車場まで来てくださって、さすがに観念した長女を、先生は米俵のように、たくましく担いで、連れ去っていく。


さらに言うと、長女が泣くのは朝だけではなかった。

夜の寝つきがうんと悪くなり、しかも夜泣きまでするようになった。

ワンセット40分というコースらしく、短くても40分、延長する場合はツーセットで80分、という具合だった。

ごく稀に、大サービスのスリーセットがあって、言わずもがな、120分泣きとおす。

限界がそこまで来ていた。


「そうまでして通わせないと、いけないんだろうか」


長女の泣き声を聞きながら、毎日そんなことを思った。


「長女にはまだ集団生活は早かったんじゃないか。こんなにママを求めてくれているのに、私はどうして、こんな思いをしてまで、幼稚園に通わせているんだろう」


思いつめた毎日に、「退園」のふた文字が、いつだってちらついていた。



長女が2歳の時に息子が生まれて、その時にほんの2か月ほど、保育園のお世話になったことがあったのだけど、はっきり言って、その時もものすごく難しかった。

最初の頃は「すぐに慣れますよ」と、にこやかだった先生の表情も、次第に硬くなり、しまいには、「給食を食べさせに来てくれませんか」と、ご依頼があった。先生も、相当頭を悩ませたんだろう。申し訳ない。


そんな過去があっての、幼稚園入園だから、最初から不安がなかったかと言ったら、嘘になる。

けれど、あれから2年も経っている。長女もうんとお姉さんになった。

場所見知りも、人見知りもしなくなって、すっかり頼もしい4歳だ。

不安ももちろんあったけれど、それをはるかに上回って、「きっと大丈夫」だと、思っていた。

思っていたけど、やっぱりなんていうか、期待を裏切らない、ママっ子で慎重な長女は、凛としてそこにあったらしい。

信念を貫くタイプ。



どうにか持ちこたえ、一学期を終えた頃、もちろん長女はまだ毎朝、絶賛泣いていて、私のメンタルも持ちこたえているとはいえ、かなりぎりぎりだった。

そんな我々親子を見かねた先生が、「園バスを利用しませんか」と、提案してくださったのだ。


結論から言うと、園バスは大成功で、長女の朝のべそべそはずいぶんと軽減されたのだけど、事情があって、年中さんにあがるときにバスの利用をやめてしまうと、また長女はしくしくと泣くようになってしまった。


そして、驚いたことに、年中さんが終わるまで、程度の差こそあれ、別れ際にはほぼ毎日泣いていた。

年中さん当時は、2歳差の弟が未満児クラスに入園していたのだけど、その弟がけろっと教室に入って行く横で、私にしがみつき、永遠の別れを悲しむかのような悲壮感を漂わせて、しくしくさめざめとと泣いていた。



そんな風に、3年間の園生活のほとんどの朝を泣いて過ごした長女は、信じられないことに卒園式で、誰よりも大号泣をして、周囲を驚かせた。

泣きすぎて吐くんじゃないかと思うほど泣いて、みんながにこやかに写真を撮りあうあいだも、ずっと嗚咽を漏らして泣いていた。

ちょっと待って、あんなに登園渋りして泣いてたじゃないの。

先生ともども、呆気にとられた。

そして、ランドセルもすっかり板についた、新二年生は「幼稚園はほんとうに楽しかったなぁ。戻りたいなぁ」と、今、何度でも言っている。退園のことばかり考えていた、4年前の4月の私に聞かせてあげたい。


あれはいったい、なんだったんだろう。通過儀礼と言われたら、それまでだけど、ずいぶんと長い闘いだった。


春が来て、園の門の前で踏ん反りかえって泣いている、年少さんを見るたび、懐かしさで胸がきゅっとなる。

そして、げっそり疲れ果てている、お母さんひとりひとりをひっつかまえて、大丈夫だからね、毎年のことで先生も慣れてるし、泣きすぎて泣きすぎたうちの子だって、フェンスを登って脱走を企てたうちの子だって、自分のロッカーに引きこもって出てこなかったうちの子だって、今は「幼稚園楽しかったなぁ」って何回でも言ってるからね、と声をかけたくなる。

だけど、そんな春の名物お母さんになる勇気が生憎なくて、彼らに微笑みを向けて、心の中で渾身のエールとハグを送るのが、もうほとんど、春の定期。


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ハネ サエ.

成分のほとんどは3児のおかあさん。
おかあさん以外のときは取材をしたりエッセイを書いたりしています。

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