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公開 2020年02月15日  

癇癪、ギャン泣き…手強かった次男と、シュリケン折り紙の思い出<第三回投稿コンテスト NO.124>

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幼稚園に入園した当初、次男の癇癪に手を焼いていたというチホケスタさん。そんな次男も小学校に入り落ち着いて来たころ、おもちゃ箱からシュリケンの折り紙がたくさん詰まった袋を見つけ、涙が止まらなくなったといいます。果たしてその理由とは…。



先日、おもちゃが散らばる子供の遊び部屋の片付けをしました。

我が家は長男小3、次男小1、三男年少、長女1歳の4兄妹。

おもちゃの数もひとしお。

私がいらないと思っても子は必要かもと思うと捨てる判断はできません。

絶対にいらないであろうごみだけをごみ袋に入れます。

全く進まない片付けに途方に暮れ、ふと見るとおもちゃ箱の隙間に大きなジップロックの袋。

「なんだろこれ?」

ぐいっと引き出すと中にはたくさんの折り紙が。

赤、青、黄色。

オレンジと紺、金と銀、紫と緑。

色とりどりの折り紙は全て手裏剣です。

その手裏剣だらけのジップロックが3つ、ぎゅうぎゅうに押し込まれていました。

見つけた瞬間、胸の奥がきゅううううっと縮こまり出てくる涙が止まらない。

この手裏剣には私と次男の幼稚園生活の全てが詰まっているのです。

次男はどちらかというと育てにくいタイプの子でした。

幼少期から離乳食は進まず、頑なに肉とごはんしか食べない。

着たことない服は絶対に着ない。

チャイルドシートや洗髪の毎回の攻防戦。

不安の強い子で人見知り、場所見知りもしました。

保育園の園長先生まで務めた義母が

「この子は手強い」

と根をあげるほど。

言葉が出るのも遅く、長男が次男の代わりに答えてくれようとするので自分から何かしてほしい、こうしたい、など伝えることが苦手。

そのため癇癪もよく起こしていました。


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 今でも鮮明に覚えているのは次男の幼稚園の初めての保育参観。

最初に次男の教室を参観し、その後長男の教室で係決めのため次男の教室を後にしました。

私がいないことに気づいた次男は大暴れ。

副担任の先生が長男の教室まで次男を連れてきてくれました。

しかし廊下で泣き叫ぶ次男を教室に入れることはできません。

幼稚園は2階建てでカタカナのロの字型になっており真ん中が吹き抜けの構造、2階に長男の教室。

4月とはいえまだ肌寒く、冷えた足をさすりながら泣き続ける次男をなだめ続けました。

「うああああああ!!!!」

と泣き叫びながら履いていた上履きを脱ぎ、2階から吹き抜けの下へ投げ捨てる次男。

吹き抜けの下は園児たちの遊び場です。

誰かに当たりでもしたらと真っ青になりましたが、保育参観中で幸いにも誰もいませんでした。

無言で階段を降り上履きを拾うため下を向くと私の目からぽろぽろぽろぽろ涙がこぼれてきます。

どうしてこの子はこんなことばかりするのだろう。

それでも私はこの子を見守っていかなければならない。

涙をぬぐって上履きを拾う。

どうしたらこの子と心を通わせることができるのだろう。


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怒る気力もなく無表情で上履きを履かせようとするけれど、もちろん履かない。

「いいよ。履きたくなかったら履かなくていいよ。」

「かあちゃんがいなくてさみしかったね。」

「いやだったね。一緒に来たらよかったね。」

どうにかこうにか泣き止んだ頃、係決めもいつの間にか終わっていました。

辛いながらも決めていたことがあります。

この子の1番の味方であること。

声に出して「愛してるよ」「大好きだよ」「かあちゃんは一番の味方だよ」と伝えること。

伝わっているのかわからないけど、私がこの子を思う気持ちを本人が受け取りたいときに受け取れるように。

次男は工作が大好きでいつも何か作っていました。

家にはA4のコピー用紙と折り紙、鉛筆、クレヨン、セロハンテープを常に用意。

いつでもどれだけでも使っていいことになっています。

ある時次男が折り紙の手裏剣を持ち帰りました。

「素敵な手裏剣だね!」

というと嬉しそうな次男。

帰りのバスを待っている間、先生が作ってくれたそう。

「かあちゃんもつくれる?」

「作れるよ!」

一緒に作ってみましたが次男のまだ小さく不器用な手ではきれいに折れません。

うまくできない癇癪をなだめながらなんとか作ると手裏剣を大事そうに手に取りきらきらした目で

「かあちゃん、またつくって!」

思ったことを口にすることが苦手な次男が、はっきりと私にお願い事をしました。

「いいよ。いつでもいくつでも作るよ」


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それから幼稚園の日はほぼ毎日手裏剣を作りました。

1つだけ作る日。

3つ作る日。

帰ってから10個作る日。

2つ組み合わせるのに別々の色を使って作る日。

金色の特別な手裏剣。

お友達にあげる手裏剣。

保育の実習生にあげる手裏剣。

夕方たくさん作る日はきっと幼稚園で疲れたりしんどいことがあった日。

朝何個も作りたい日はあんまり行きたくない日。

かあちゃんと一緒にいたい日。

作らなくてもいい日は幼稚園で楽しいことがある日。

うまく話せなくても、今日はどんな気持ちなのか、どんな1日だったのか、感じることができました。

年少から続けた手裏剣づくりは年長になっても続きました。

しかし日を重ねるごとに手裏剣を作る回数は減っていきます。

2日に1回、3日に1回。

作らない週も。

卒園が近づくある日、幼稚園から帰ってきた次男が一人でもくもくと何か作っていました。

「できた!」

と言うので

「どれどれ、みせて」

手元を見ると手裏剣が。

誇らしげな顔で

「もうかあちゃんに頼まなくてもできるよ」

というのです。

幼稚園でも先生に教わって一人で折れるようになっていました。

ほっとしたような、寂しいような。

「すごいね!一人で折れたね!」

それ以来手裏剣作ってと言われることはありませんでした。


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最後に次男が手裏剣を作っていたのは卒園式が終わってすぐの頃。

私は三男の入園準備でミシンを使っていて危ないからと次男が三男と長女の相手をしてくれていました。

「長女ちゃん、折り紙どうぞ」

「三男、手裏剣はこう作るんだよ」

泣き出す長女をあやすように卒園式で歌った歌を歌い出しました。

「いーつのーことーだかーおもいだしてごーらんー、あんなーこーとーこんなーこーとー」

うららかな春のある日、次男と私はいつの間にか手裏剣作りを卒業しました。

ジップロックに入った手裏剣はまたおもちゃ箱の隙間に戻しました。

私と次男を繋げてくれた手裏剣を私は捨てられません。

次男に見せてどうするか聞こうと思います。

「懐かしい!また作って!」

と言われるかもしれません(笑)


(ライター:チホケスタ)


※ この記事は2024年04月24日に再公開された記事です。

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