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公開 2020年01月14日  

猛烈イヤイヤマンだった長男が、年の離れた妹のイヤイヤ期に放った一言

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「イヤイヤ期」をご存じだろうか。
子どもが成長し「自分の欲求」を相手にぶつけるようになる第一次反抗期。
これからお話するのは、世界の全てにイヤイヤしていた我が家の2歳児のお話です。


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イヤイヤ様は突然に

息子が2歳だった当時、私は2人目を妊娠中だった。

長男君はお兄ちゃんになるね、ママを助けてねと思っていたのに、そうは問屋が卸さない。

私は”2歳児の育児”を本気で舐めていた。

浅薄な育児知識しかなかった私にとって『2歳位の幼児』と言えば、サザエさんに出てくるイクラちゃん程度しか思いつかず、イクラちゃんなんてイヤイヤしても、タラちゃんの説得でその場が収まるし、その程度の反抗がある程度なんでしょう、何とかなるでしょ。

と思っていた。

実際、長男は1歳後半までは、眠りが浅いとか偏食が過ぎるという事以外は、誰とでも仲良しさんで、同じ年のお友達の中でも穏やかな癒し系男児として名を馳せていたのだから。

しかし、2歳の誕生日を目前にした頃から、不穏な空気は流れ始めた。

この頃私は、絶賛つわり中。

吐きまくるとか、何も食べられなくてやせ細るとかそいうハードなタイプのつわりではなかったけれど、口の中がいつも化学調味料を噛みしめたような感じの絶妙に我慢できる範囲の気持ち悪さと、あと何をしていても眠くて眠くて眠たかった。

長男に

「ママ、ちょっと横になりたいな、息子くんはトーマス見ようか!」

そう言っていつもは喜んで見ていてくれる『きかんしゃトーマス』のDVDをデッキに入れようとしたその時

「…ヤタ!」

長男は当時、「やだ」の濁音が発音できず、全てのヤダは「ヤタ!」だった。

私の手からDVDをひったくり、隣の部屋に放り投げたと思ったら、机の上に置いてあったほうじ茶の葉を部屋に振りまき、常時口の中が気持ち悪いが為にそれしか食べられなかった、私の命のミカンを踏みつぶして遊びだした。

当然

「やめなさい!」
「なんでそんなことするの!」

大声で叱ったが長男の答えはこうだった。

「ヤタ!」

私はこの時思ったものだ。

大変だ。

長男がグレた。

イヤイヤ期の中心で、叫びたいのは大人の方

勿論、息子は世の中の全てに背を向けて、盗んだバイクで走りだしたりした訳ではなく。

これが世にいうイヤイヤ期の到来だった。

慌てて広げた育児辞典にも

「こどもの成長の一段階」
「自身の欲求を相手にぶつけるようになる」
「最初の反抗期」

とあり、ウチの子は順調に発達の階段を上っているのかそうなのか良かったとは思ったが、ミカンを踏みつけて遊ぶことは何の欲求の表れなのか、それは食べ物だろう、 大丈夫かウチの子は、そう逆に不安になったりもした。

このできごとを皮切りに、長男はイヤイヤ期に突入した。

服を着るのも『ヤタ!』

車に乗るのにチャイルドシートに固定されるのも『ヤタ!』

お風呂に入るのもタイミングを誤ると『ヤタ』

そんな彼に私は

(そんなに何もかも嫌なら出家してくれ…)

と思ったものだった。

そして産婦人科の定期健診に伴えば、病院の診察室にある高額なエコーの機械を執拗に蹴りつけ、それを見た私が

「こーわーれーるー!」
「やめなさい!」
「いい加減にしないとママ怒るよ!」

親は産科のあの椅子に固定されるような形で座っているので、鬼の形相で叫んで止めるしかなく、産科のドクターに

「お母さん、できたらお腹の赤ちゃんの方見てあげて」

呆れて注意された。

私の方が。

解せぬ。


なんとか出産した後、長男も連れて北陸にある私の実家で里帰り出産をさせてもらった。

その1ヶ月間、長男は実家に暮らす私の姉や母に可愛がられ、田舎の広大な庭で飛び回って遊び、実家の愛犬の柴犬にちょっかいをかけて楽しそうに暮らしていた。

ように見えた

この頃、長男2歳6ヶ月。

私はもうそろそろ「イヤイヤ期」も終焉、自宅にもどってからはお兄ちゃんとして頑張ってくれるかなあと期待していた。



私は知らなかった。

里帰り終了後、母がしばらく寝込み、実家の愛犬はストレスで耳の後ろに結構大きなハゲを作ったという事実を。

私が新生児の世話に追われている間、長男はばぁばである母と、柴犬の『きなこ』 にイヤイヤをさく裂させ、横暴の限りを尽くしていたらしい。

恐るべし、イヤイヤ期のど真ん中。

イヤイヤ新機能が続々と

そして、更にイヤイヤ期後半戦で困ったのが

『お友達に乱暴する』

という新機能が搭載されてしまった事だった。

これにはまいった。

3月生まれの長男はお友達グループの中で一番月齢が低くて、体も小さければ言葉も遅く

いつもお友達が世話を焼いてくれていた。

「長男君、ハイどうじょ」

と笑いかけ、かわいらしい小さな手を差し伸べてくれる。

しかしイヤイヤラストスパートの長男は、それを思い切り払いのけ

『自分のものを触った』『自分が遊ぶはずの遊具にさわった』と言わんばかりに相手を叩こうとしたり、あろうことか体当たりをかまそうと向かって行ったりするようになった。

息子のお友達やそのママ達は、『公園の癒し系』だったはずの長男の変貌に驚いていた。

私はそんな息子を止めるために、ラグビー日本代表ばりのロータックルの構えで外出するようになり、命を賭して長男の横暴を止めた。

身長90cmの生き物の動きを封じるには低い位置から体を捕まえに行かなくてはならないのだ。

そうなると当然、生まれたての長女はベビーカーに乗せるとか、抱っこひもやスリングで横抱っこというスタイルで連れて歩く事が出来ず。

首が座ったか座らないかの時期から、私の背中におんぶされたものだった。

これをお読みの妊婦の方、新生児のママ。

絶対真似しないで。



結論として、この長男の半グレ期…じゃなくてイヤイヤ期はいつ終息したのか。

それについては今一つ記憶が無い。

人間40を過ぎると脳の記憶容量が目減りする。

ただ、このイヤイヤ期後半、長男はあの『ヤタ!』と同じ位

「じぶんで~!」

が多くなっていた。

お茶をコップにつぐのも、洋服を着るのも、トイレを流すのも、納豆を混ぜ混ぜするのも。

やらせないと暴れるので、毎回仕方なく任せていたが、結果はどれも見るも無残なものだった。納豆なんてもう想像してみて欲しい。

2歳のイヤイヤ君は、もういっぱしになんでもできる気持ちになっているのだ、気持ちだけが先行しているだけで出来ない事ばかりの癖に。

でもそうして出来る気持ちで何でもしてみないと出来るようになっていかない。

「ヤタ!」って言わないとママも優しいお友達もなんでもやってあげちゃうもんね。

これこそが第一次反抗期、自立の第一歩。

長男のこの割とハードなイヤイヤに私は白髪が大幅に増量したが。

この話はここで終わらない。

数年後、仇というか、「借り」を徴収しに来る人間がやってくるのだ。

そしてやってきた、3度目のイヤイヤ期

2020年。

長男のイヤイヤ期から早9年。

我が家には今、絶賛イヤイヤ期を迎えた次女がいる。


ちなみに次女の「ヤダ」は「チャダ!」である。

先天性心臓疾患児の次女は、生まれてこの方度々入院・手術をしているので、主治医からは

「入院の期間分、発達の方は色々遅れるもんだと思って」

と言われていた。

そのため

「じゃああの『げに恐ろしきイヤイヤ期』も遅れてくるのか…」

そう高を括っていたのに

来た

普通に2歳で。

この望外の喜びを貴方に。


かくして訪れた、7年ぶり3回目のイヤイヤ期。

その被害にあっているのは第一に母たる私と、そして7年前実家の愛犬をもノイローゼに追い込む程大荒れした長男、その人である。

年の離れた妹を溺愛している長男は

靴下をはかせようとして『チャダ!』と絶叫され

紙パックのジュースのストローを刺してやろうとして、刺すのは自分がやりたい次女にひっぱたかれ

次女の好物の納豆を練ってやろうとして、これも自分がやりたい次女に納豆を鉢ごとひったくられた拍子に中身を膝に全部落とされていたのを見た時にはもう、走馬燈が見えているのかと思った。

それ、全部ママもアンタにやられたわ!

溜飲が下がるというのとは違うけれど

何だろうこの可笑しさ。

イヤイヤの戦いを、長男が体験して、そして私に一言こんなことを言う。

「2歳児やばくない?大変じゃない?」


そうだよ、やばいよ、大変だよ、でもこれを通過しないと次の3歳が来ないんだよ。

だがしかし、超絶イヤイヤ期を私に災難のごとくもたらした長男はこう続ける。

「でも2歳って可愛いよな。」
「ちょっと喋るし、散歩にも一緒に行けるし」

そう、2歳は超絶可愛いのだ、よく気が付いたな、ママがそれに気づいたのは長女のイヤイヤ期の時だったよ。

君の時は可愛いとか思う余裕が1つも無かったから。

それ、大人になるまでよく覚えておいてよ。

テストに出るぞ。

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