1. 総合トップ
  2. >
  3. 子育て
  4. >
  5. 0歳児
  6. >
  7. 私の育児を苦しめた、亡き実母の“過干渉”。当時の日記に綴られていた想いに涙…。

私の育児を苦しめた、亡き実母の“過干渉”。当時の日記に綴られていた想いに涙…。

私の育児を苦しめた、亡き実母の“過干渉”。当時の日記に綴られていた想いに涙…。のタイトル画像

私にとっての「初めての育児」は、決して楽しいものではありませんでした。その理由のひとつが実母の過干渉だったのですが、実は…?

長男出産後、はじめての育児

私の育児を苦しめた、亡き実母の“過干渉”。当時の日記に綴られていた想いに涙…。の画像1
私の育児を苦しめた、亡き実母の“過干渉”。当時の日記に綴られていた想いに涙…。の画像2


昭和16年生まれの母。

平成スタイルの私の子育てはとても危なっかしかったようで、母は見かねてはつい口を出し、私とよく衝突していました。

実の母娘だからこそ、お互い本音が出てしまうため、“シンドさ”を抱えていたように思います。


私は一方的に「母の考え方は古い」と毛嫌いし、同じ子育てママからの情報を頼りにしていました。

瓶詰めの離乳食もそのひとつですし、ママ友仲間とのランチには、みんなと同じようにかわいいベビーカーを押して参加しました。

当時の私にとって、それは「おしゃれで、簡単で、ちょっと楽できる方法」。

自分の身の丈にあわないと気付いていても、便利でいいものを使うことで“自分に余裕ができるフリ”をし、「みんなと同じ」でいることが、安定剤のようなものだったのです。


…しかし、それから数年後、そんな母は病気であっけなく他界してしまいました。

母が残した「気がかりなもの」


亡くなった母は、あるものを残していました。

私はその存在が気になりつつも、なかなか手に取る勇気を持てずにいました。

私の育児を苦しめた、亡き実母の“過干渉”。当時の日記に綴られていた想いに涙…。の画像3


母が日記を書いていたことは知っていました。

でも、遺品整理の時にもそれだけは触れてはいけないような気がして、ずっと読むことを躊躇していたのです。


いろいろと考えましたが、他界した母の思いを知るのも、残された者の務めなのかもしれない…。

そう思うようになり、母の13回忌を無事に終えた夜、ついにページを開くことにしました。

この記事を書いた人
ひらたともみの画像
ひらたともみ

栃木県宇都宮市在住のイラストレーター。

20代、30代、40代と出産を経験し、現在、2男1女の母として、終わらない子育てに奮闘中。

著書「これでいい...

  1. 総合トップ
  2. >
  3. 子育て
  4. >
  5. 0歳児
  6. >
  7. 私の育児を苦しめた、亡き実母の“過干渉”。当時の日記に綴られていた想いに涙…。