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自然分娩にこだわっていた私が気づいた、何よりも大切なこと<投稿コンテストNo.83>

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お産が始まるまでは「自然分娩」にこだわっていた私。


約10センチの子宮筋腫。そして40歳という高齢。

子宮筋腫と高齢出産が私の出産の課題でした。

医者からは帝王切開を勧められたが、お腹はどうしても切りたくありませんでした。

元ヨガ講師というのもあり、お腹を切った人達が術後、お腹の筋肉が弱くなり、腰痛などを起こしやすくなっている姿を見てきたのもあったからです。

そう思って、医者は自然分娩で知られた人を選び、無理を言って自然分娩をお願いしました。

予定日二週間前の私を襲った陣痛。


陣痛は予定日の二週間前に始まりました。

早すぎる為に、これは陣痛ではなくて前陣痛ではないかと思いましたが、だんだんと間隔は狭くなり、とうとう3分間隔の陣痛になってしまいました。

この時はベッドに横になった状態で痛みも耐えられるほど。

あっという間に陣痛の間隔が狭くなった事に驚き、あせりながらも準備をして病院へ向かいます。

明け方の6時頃でした。

病院に着くと分娩室に案内されて検査を受けます。

そして子宮口がどれだけ開いているか確認。

「1センチ」

助産婦さんが言いました。

「えっ。たったの1センチ。これからものすごく長い間、陣痛に耐えないといけない。いったいどれだけ時間がかかるのだろう……」

絶望感が襲ったのを今でも鮮明に覚えています。

そして、助産婦さんは子宮筋腫でボコボコになり、まるでエイリアンが出てきそうな状態の私のお腹を見て、びっくりしていました。

いっこうに開いてくれない子宮口。


そうするうちに、どんどん陣痛は重くなり、声を上げなければ耐えられないほどになっていました。

一生懸命に呼吸をして、後はひたすら痛みに耐えます。

助産婦さんからは陣痛の合間に歩いてと指導されましたが、陣痛の間隔が狭すぎて歩く事も出来ませんでした。

ひどい痛みが襲い、でもまだ子宮口は少ししか開いてないという絶望感でいっぱいになります。

なかなか子宮口は開かず痛みは増し、疲れ果て、陣痛と陣痛の合間に寝落ちしているような状態でした。

「何よりも大切だ」と思ったもの


そのまま、ただ痛みに耐えるしかなく、疲れもひどく、だんだん頭がもうろうとしてきた時です。

先生が器具を使って破水をさせました。

「あっ」

場が静まりかえります。

緑色の汚物の混じった羊水。

先生は、しばらく考えたのちに「帝王切開した方が良いです。」としずかにおっしゃいました。

帝王切開。

お腹に傷が残る。

でも私は子宮口が開いて産めるようになるまでに、まだまだ何時間もかるだろう。

それまでに赤ちゃんの身に何かあったら。

自分の事より赤ちゃんの事を優先したい。

そう思え、口からは「赤ちゃんは大丈夫ですか?」との言葉が出ていました。

先生は「今は大丈夫」。

私は「帝王切開をお願いします」と答えていました。


帝王切開が決まると私は手術室に運ばれ、大勢の人が私の為に働いている事に驚きながらも麻酔を打たれて、気が付いたらカチャカチャ金具をしまう音の聞こえる、手術の後始末をする部屋の中で寝かされていました。

「なんで私の手術をしないで、この人達は別の事をしているの?」

まず、そう思った事を覚えています。

そうではなく手術は既に済んでいて、赤ちゃんはお腹には居ない事に気が付きました。

「あー、あー」声を振り絞って人を呼びました。

そして来てくれた人に「男の子?女の子?」と、どうにか出る声で聞きました。

その人は私の為に見に行ってくれると言い、戻ってきた時は「女の子」と教えてくれました。

そして「寝なさい」と。

私も安心して再び眠りにつきました。

生まれてきてくれて、ありがとう。

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