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母子ともに危険だった出産、産後うつ…それでも2人目がほしいと思った理由<投稿コンテストNo.22>(2ページ目)

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早期胎盤剥離で命がけの出産をしたあめのさん。
出産のトラブルで産後うつも経験したと言います。
そんなあめのさんが2人目を産もうと思った理由とは?
ぜひ読んでいただきたい素敵なお話です。

搬送先の病院が見つからない!

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とりあえず、少しでも早く産むしかない状況だということはよくわかりました。

しかしそこですぐに病院に緊急搬送…とはなりませんでした。

市内で唯一対応できる総合病院のベッドに、空きが無かったのです。

産科医不足問題がこんなところで自分の身に降りかかるとは思ってもみませんでした。

結局、隣の市まで探しても受け入れ先は見つからず、当番医が自分の所属する総合病院に掛け合ってくれたおかげで満床のところになんとか手術と入院を無理矢理ねじ込んでもらえました。

ここでさらに1時間が経過していました。

心の準備もできないまま緊急手術は目まぐるしく進み、日付が変わる直前、初めの痛みを感じてから約6時間後に長男は無事この世に誕生しました。

部分麻酔だったので産声を聞くことができましたが、その瞬間は喜びというよりは安堵の気持ちが大きかったのを覚えています。

病院スタッフの皆さんには今でも感謝しかないです。

息子との対面と産後うつ

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産後の傷の痛みや後陣痛に苦しみながら、なんとか車いすで息子に会いに行くことができたのは出産2日後。

長男は早産で体重が足りなかったのでNICU(新生児集中治療室)にいると主人から聞いていました。

やっと会えるんだ!と思ってワクワクしながらNICUに面会に行くと、息子はたくさんの管に繋がれ、カプセルの中でうつぶせに寝かされていました。

その姿に衝撃を受けたまま、医師から現在の状況と早期胎盤剥離で産まれた場合のリスクを説明されました。

息子は呼吸がうまく出来ていないため酸素マスクをしていること。

また、酸素が脳に届かない時間が長かった場合は、脳性まひなどの症状が出てこの先障害が残る可能性があることもその説明の中にありました。

主人は先にその内容を聞いていたはずですが、産後の私を気遣い、伝えていなかったようです。

私はその夜ずっとベッドの中で泣いていました。

「もっと早く病院に連絡していれば」

「あの日、動きまわらずゆっくり休んでいれば」

「妊婦健診で順調と言われたのにどうして」

色々と考えてもキリがありませんでした。

早期胎盤剥離の原因はハッキリとはわかっていません。

よくタバコが原因と言われますが、私も主人も喫煙者ではありませんでした。

今さら考えても仕方のないことばかり。

それでもたくさんの管に繋がれて眠る息子の姿と医師の説明は、産後で不安定な私の精神状態を直撃しました。

私は病院のベッドの中で検索魔と化し、スマホで早期胎盤剥離で産まれた子供のその後を延々と探し回っていました。

無事に退院した後も不安と罪悪感は付いてまわり、母親としてしっかりしなくては、と毎日必死で初めての育児に奮闘していました。

寝返りや首すわりが平均より遅かった息子に対してものすごく神経質になりました。

鬼気迫る形相で色々と調べたり相談したりする私を見て、夫や両親は私のことを「産後うつ」ではないかと心配していたそうです。(自覚はありませんでした)

「育児がこんなに大変だなんて…」と私は毎日疲れ切っていました。

家族の現在と、息子から受け取ったもの

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