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公開 2018年09月28日  

「この子にしてやれることは何だろう」娘の背中に想った/娘のトースト 最終話(2ページ目)

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中村さんの式を経たある日の朝、唯から庸子にお願いごとがあるという。それは、ここ数ヶ月お互いの関係に悩んだ母娘の「再出発」にふさわしい内容だった。



宝箱の話をしてくれた中村さんを思い出して、私は大きくうなずいた。ほんとに、その通りだ。

朝食後、唯が皿洗いをしてくれるというので、私は洗濯をすることにした。今日の天気だったら、洗濯物もあっという間に乾きそうだ。

洗濯機に洗濯物を放り込み、キッチンに戻ると、まだ皿を洗っている唯が「ねえ、ママ」と呼びかけてきた。なんだか甘えた声だ。

「お店、手伝うからさ、ほしいものがあるんだけど」

「えー、そういうこと?」どうりで。皿洗いまですすんでやってくれるなんてめずらしいなと思ったら。

「ほしいものって、なによ?」

私が聞くと、唯は「あのねー、浴衣。夏祭りに着ていきたいの」と言った。

「去年に着たのあるじゃない」

「もうちょっと大人っぽいのがいいんだってば」

なるほど。気持ちはわからなくもなくて、「じゃあ、今度見に行こうか」と返事をしたら、唯は「あのね、あとね」と続けた。

まだ何かあるの? と、言いかけて顔を見ると、目が合った唯は、あわてたように泡まみれの手元に視線をそらした。

「夏祭り、一緒に行こうって、言ってもいいと思う?ありさに」

口ごもりながら聞く唯を見て、私は大雨の車内での会話を思い出す。

あの時は、とっさに「アドバイスしてあげる」なんて言ったけど、本当に相談してくれるなんて。

私は、愛おしさで口元がほころぶのをそっと隠し、とっておきのアドバイスをしようと、口を開いた。

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「いってきまーす!あー、あんまり暑くならないといいなあ!」

晴れた空を見上げて顔をしかめる唯を送り出すと、私は洗い終わったばかりの洗濯物を抱えてベランダに出た。

まだいるかな、と手すりから下を覗いてみると、唯は自転車置き場の前で立ち止まり、うつむいている。

どうやら、スマホをいじっているみたいだ。

どうしたんだろう、と思いながら見ていると、ズボンのポケットに入れたスマホが揺れた。

唯からラインが届いていた。

”トースト、おいしかったよ。合格!”

そう書かれたメッセージの後に、「ありがとう」のスタンプが踊っている。

それを見た途端、私はたまらなくなって、手すりから身を乗り出した。

「唯ー!」と大声を出す。

そして、上を向いた唯に、スマホを持った手を大きく振った。

唯はちょっとびっくりしたように動きを止めた後、軽く手を振って、笑った。

3階の高さからだけど、確かに笑ったのが見えた。

「いってらっしゃい!!」

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自転車をこぐ背中に、叫ぶように声をかける。

ペダルをぐんと踏み込み、唯はあっという間にマンションの敷地から道路へと出て行く。


ファイト!

行け!

がんばれ!


本当はそんな風に叫びたかったけれど、さすがにそれはできなくて。

そのかわりに、唯の姿が見えなくなるまで私は、大きく大きく手を振り続けた。






『娘のトースト』(終)
文:狩野ワカ 絵:春駒堂







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※ この記事は2024年04月13日に再公開された記事です。

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