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「この子にしてやれることは何だろう」娘の背中に想った/娘のトースト 最終話

「この子にしてやれることは何だろう」娘の背中に想った/娘のトースト 最終話のタイトル画像

中村さんの式を経たある日の朝、唯から庸子にお願いごとがあるという。それは、ここ数ヶ月お互いの関係に悩んだ母娘の「再出発」にふさわしい内容だった。

「あー、卵はそんなにかきまぜないで!そうそう。火はもうちょっと強くていいよ。バターがジュワーッと音をたてるくらいね。で、卵を入れたら少し弱めて。そのままじゃ、ボソボソになっちゃう」

「もうー!わかってるってば!」

「この子にしてやれることは何だろう」娘の背中に想った/娘のトースト 最終話の画像1


慣れない手つきでフライパンを揺らして、くちびるをとがらせる唯に、私は「ごめんごめん」と謝る。いけない、いけない。つい、熱くなってしまった。

唯の夏休みがはじまった。

毎日のように部活があるので、のんびりというわけにはいかないけれど、普段の朝よりは余裕がある。

今日は私も店が休みなので、お互いの担当を入れ替えて、朝食づくりに挑戦している。

唯がオムレツで、私がトースト。

「いい匂いしてきたね」

「え、え、どうしたらいい?もう、ひっくり返していい?」

あわてる唯に「ゆっくりで大丈夫」と声をかける。唯は菜箸であちこちをつつきながら、どうにかオムレツをかたちにしていく。

「できた!」

少しいびつなオムレツを2つ、それぞれ皿にのせて野菜を添える。唯がはずむような足取りでそれをリビングのテーブルに運ぶ。

夏の朝の、まだ強くなりきらない日差しが、キラキラと部屋に満ちている。今日は、いい天気だ。

こないだの、式のこと


中村さんの結婚式の日も、とても気持ちのいいお天気だった。

当日の朝早くから準備をし、午後は唯と一緒に式に出席した。

いい天気でよかったね。きれいな会場だね。私、結婚式って初めて。中村さん、花束、喜んでくれるかなあと、朝から興奮した様子でずっと話し続けていた唯は、式がはじまると言葉少なになった。

参列者が見守る中、中村さんと田端さんが入場してくる。

唯は真剣な顔で2人を見つめ、声を合わせて誓いの言葉を言う時には、胸のあたりで両手を組み、祈るように聞き入っていた。

唯のつくった花束は、食事会の終わりに、中村さんからご両親に渡された。

花束を受け取ったお母さんが、中村さんの頭を引き寄せるようにして抱きしめた時、誰よりも大きな拍手を送っていたのは唯だった。


「さあ、次はママだよ。網を持ってー」

皿を置いた唯が、ドヤ顔で指示をする。

私は「はいはい」と返事をして、コンロに網を置き、食パンをのせて火をつける。と、「はい、だめー!」と、勢いよく声が飛んできた。

「すぐにパンをのせない!まずは、網を温めるの!」

指示する調子が私そっくりなのがおかしくて、吹き出してしまいそうになる。

「はーい」と返事をした後、言われたとおりに網を温め、それからパンをのせると、やがて、香ばしくて優しい匂いが漂いはじめた。

「この子にしてやれることは何だろう」娘の背中に想った/娘のトースト 最終話の画像2

唯のお願い


「すっごくおいしい!」

初めてにしては上出来のオムレツをほめると、向かいの席に座った唯が嬉しそうにニッと笑った。

私の焼いたトーストもなかなかの出来映えだった。

何かコメントしてくれるかなと思ったけれど、トーストを一口食べた唯は、全然関係ないことを言った。

「ねえ、ママ。夏休み、部活ない日さ、お店手伝うね」

「ありがたいけど…、ちゃんと宿題も計画的にやるんだよ」

「うん。最近、花束つくるの楽しくて」

そういうことね。確かに結婚式以来、唯はずいぶん花束作りに熱中している。納得して、私は「オッケー」とうなずいた。

「中村さんがね、結婚式の時に言ってたんだけど」お皿をほとんど空にして、唯が言う。

「花束って、なんか人みたいだよねって。大きい花もちっちゃい花もいろいろ集めて束ねて、ちがう色も混ざって。一人の人も、そうやっていろいろなものが集まって、できてるんだよねって」

「へえ、そんな話してたんだ」

「うん。それで、私のつくった花束、すっごいほめてくれたんだ。なんかさ、中村さんって、先生みたいだよね」

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宝箱の話をしてくれた中村さんを思い出して、私は大きくうなずいた。ほんとに、その通りだ。

朝食後、唯が皿洗いをしてくれるというので、私は洗濯をすることにした。今日の天気だったら、洗濯物もあっという間に乾きそうだ。

洗濯機に洗濯物を放り込み、キッチンに戻ると、まだ皿を洗っている唯が「ねえ、ママ」と呼びかけてきた。なんだか甘えた声だ。

「お店、手伝うからさ、ほしいものがあるんだけど」

「えー、そういうこと?」どうりで。皿洗いまですすんでやってくれるなんてめずらしいなと思ったら。

「ほしいものって、なによ?」

私が聞くと、唯は「あのねー、浴衣。夏祭りに着ていきたいの」と言った。

「去年に着たのあるじゃない」

「もうちょっと大人っぽいのがいいんだってば」

なるほど。気持ちはわからなくもなくて、「じゃあ、今度見に行こうか」と返事をしたら、唯は「あのね、あとね」と続けた。

まだ何かあるの? と、言いかけて顔を見ると、目が合った唯は、あわてたように泡まみれの手元に視線をそらした。

「夏祭り、一緒に行こうって、言ってもいいと思う?ありさに」

口ごもりながら聞く唯を見て、私は大雨の車内での会話を思い出す。

あの時は、とっさに「アドバイスしてあげる」なんて言ったけど、本当に相談してくれるなんて。

私は、愛おしさで口元がほころぶのをそっと隠し、とっておきのアドバイスをしようと、口を開いた。

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「いってきまーす!あー、あんまり暑くならないといいなあ!」

晴れた空を見上げて顔をしかめる唯を送り出すと、私は洗い終わったばかりの洗濯物を抱えてベランダに出た。

まだいるかな、と手すりから下を覗いてみると、唯は自転車置き場の前で立ち止まり、うつむいている。

どうやら、スマホをいじっているみたいだ。

どうしたんだろう、と思いながら見ていると、ズボンのポケットに入れたスマホが揺れた。

唯からラインが届いていた。

”トースト、おいしかったよ。合格!”

そう書かれたメッセージの後に、「ありがとう」のスタンプが踊っている。

それを見た途端、私はたまらなくなって、手すりから身を乗り出した。

「唯ー!」と大声を出す。

そして、上を向いた唯に、スマホを持った手を大きく振った。

唯はちょっとびっくりしたように動きを止めた後、軽く手を振って、笑った。

3階の高さからだけど、確かに笑ったのが見えた。

「いってらっしゃい!!」

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自転車をこぐ背中に、叫ぶように声をかける。

ペダルをぐんと踏み込み、唯はあっという間にマンションの敷地から道路へと出て行く。


ファイト!

行け!

がんばれ!


本当はそんな風に叫びたかったけれど、さすがにそれはできなくて。

そのかわりに、唯の姿が見えなくなるまで私は、大きく大きく手を振り続けた。






『娘のトースト』(終)
文:狩野ワカ 絵:春駒堂







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この記事を書いた人
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狩野ワカ

ライター/エッセイスト。自由奔放な2歳の娘と娘溺愛の夫との3人暮らし。フリーペーパーやWebにて、取材記事・エッセイを中心に執筆しています。...

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