1. 総合トップ
  2. >
  3. 子育て
  4. >
  5. 7-12歳児
  6. >
  7. 思春期の娘との悩みを、静かに打ち明けた/ 娘のトースト 5話

思春期の娘との悩みを、静かに打ち明けた/ 娘のトースト 5話

思春期の娘との悩みを、静かに打ち明けた/ 娘のトースト 5話のタイトル画像

中学校の中間テスト前。娘の唯が、小学校からの友達のありさちゃんとキスをしているところを目撃してしまった庸子は、気が動転してしまう。その時たまたま居合わせた会計士の中村さんと一緒に入った喫茶店で、庸子はこれまでのことをゆっくり話し始めた。

宝箱?

聞き返そうとすると、コーヒーを持って店員がやってきた。2つのカップが置かれる間、私は黙ってテーブルの上を見つめる。

ふいに、さっき見た唯とありさちゃんの姿が思い浮かんで、それを振り払うようにあわてて首を振った。

「学校、今日は帰りが早いんですね」

顔を上げた私は、「そうなの、テスト前だから」とうなずいた。

中村さんは静かにほほえんでいる。その穏やかな笑顔にうながされるように、私はゆっくりと今までのことを話しはじめる。

春休みの手紙のこと。それからお互いギクシャクとしてしまったこと。それでも、最近は話をするようになったこと。

中村さんはただ黙って話を聞いてくれた。今まで一人で抱えていたことを話してしまうと、気持ちがずいぶん軽くなった気がした。

手をつけずにいたコーヒーに、ミルクを注ぎ、ゆっくりとかきまぜる。

「ねえ、庸子さん」

スプーンを置く私に、中村さんは優しく言う。

「あの時、唯ちゃんの宝箱を見つけた時、庸子さんは、ただ箱を元に戻したじゃないですか。

唯ちゃんを叱ったりもしなかったし、無理に理解をしめしたりもしないで、わからないことはわからないまま、丁寧にふたをして、箱をしまいましたよね」

わからないことはわからないまま。私は、中村さんの言葉を心の中で繰り返す。

「庸子さんのそういうところ、素敵だと思うんですよね」

思春期の娘との悩みを、静かに打ち明けた/ 娘のトースト 5話の画像1

中村さんの相談

中村さんの言葉に、私は唯の小さな宝箱を思い出す。そう、たしかに、私はあの宝箱をただ開けて、そして閉じた。

「……そうだね」

つぶやくように返事をして、私は静かに目を閉じた。そして、一度深くうなずき、「ありがとう」と、かすれた声で中村さんにお礼を言った。

「あーあ、でも、唯のイケメン彼氏も見てみたかったけどなあ」

勢いよくソファにもたれながら、私は「あはは」と空気を吐き出すみたいにして笑う。しぶとく残る未練みたいなものを出し切るように。

「将来的にどうなるかはもう、神のみぞ知るというか、わからないと思いますよ、本人でさえ」

「唯なりの幸せ、なんて言いながら、勝手に期待しちゃってたんだよね」

「いや、親ってたぶん、そういうものだと思います」

いたわるような中村さんの言葉を聞きながらコーヒーを飲むと、やわらかな苦みが口の中にじわりと広がった。

「あの、前から庸子さんにお願いしたいことがありまして」

口調をあらためて中村さんが言い、私はカップから口を離す。なんでもどうぞ、という気持ちだった。

「実は、僕にはパートナーがいまして。男性なんですけど」

「ん?」

間抜けな声を出しながら、私はコーヒーカップをソーサーに置いた。ガチャンという音が、周りに響いた。

思春期の娘との悩みを、静かに打ち明けた/ 娘のトースト 5話の画像2

バターで炒めたタマネギに小麦粉を入れ、温めた牛乳を少しずつ加える。ダマにならないように、ゆっくりとかきまぜる。

鍋の中の白をじっと見つめながら、さっきの喫茶店での会話を思い返す。

中村さんは少し緊張した顔でカミングアウトをすると、そのまま私に「お願い」について話をした。

なんでも、夏に身内で小さな結婚式を挙げる予定らしい。「もちろん、法律的な結婚ではないんですが」と、中村さんは説明した。

そして、私にその会場の装花をお願いしたいという。

「すみません、どさくさまぎれのお願いみたいになってしまって。驚かせちゃいましたよね」

「それは、まあ、すごくびっくりしたけど」頭を下げる中村さんに、私は正直に言った。

「でも、同性を好きになる人は左利きの人と同じくらいいるって、ネットにも書いてあったし」

私がそう言うと、中村さんは「ありがとうございます」と嬉しそうに笑った。

グラタンの焼き加減

思春期の娘との悩みを、静かに打ち明けた/ 娘のトースト 5話の画像3

実際、中村さんのカミングアウトに、私はそれほど衝撃を受けなかった。いや、まあ、すごく驚きはしたけれど、それはわずかな間しか続かなかった。

最初の驚きがしずまって、それから私が感じたのは「よかったなあ」という気持ちだった。仕事相手でもあり友人でもある中村さんに、大切な人がいてよかった。

それから、常連の山口さんの「会計士さんと再婚なんていいんじゃない?」なんていう言葉を真に受けて、その気になったりしなくて本当によかった、とも少し思った。

できあがったホワイトソースに海老やマカロニを混ぜ、それをグラタン皿に盛ってチーズをのせる。

そろそろ、唯が帰ってくる。「友達の家で勉強してた。もうすぐ帰るね」と、さっきラインがあった。

オーブンからグラタンの焼く匂いが漂いはじめた頃、唯が帰ってきた。「ただいま」とリビングに入るなり、「いいにおーい」と鼻をクンクンとさせる。

「おかえり」と私が言う後ろで、オーブンが焼き上がりを知らせる。

「もうできるから、手洗ってきて」

ミトンをはめた手でグラタンを取り出すと、「あ」と声が出た。焦げてる。

やっぱりどこか上の空だったのか、焼き時間を間違ってしまったのかもしれない。

「あーあ」

セーラー服のリボンをほどきながら近づいて来た唯が、私の手元をのぞき込む。

思春期の娘との悩みを、静かに打ち明けた/ 娘のトースト 5話の画像4

トーストにハマって以来、唯はすっかり焼き加減にうるさくなった。

きっと、この焦げたグラタンにもあれこれ言うにちがいない。そう思って身構えていると、唯は私の肩をポンと叩いた。

「まあ、そういうこともあるよね」

今までとちがう大人ぶった口調と表情でそう言うと、唯は「手洗ってくるー」と洗面所へと消えていった。

ご機嫌だなあ。

その理由を知ってる私は、ふう、と一人ため息をつく。

とりあえず、普通に「おかえり」は言えた。思ったより平気な顔で話もできた。

焦げたグラタンをテーブルへと運びながら、私は「少しずつ少しずつ」とつぶやいた。

次回、「結婚式の打ち合わせに、中村さんとそのパートナーが登場。そこで庸子が感じたこととは…」

思春期の娘との悩みを、静かに打ち明けた/ 娘のトースト 5話の画像5

当社は、この記事の情報、及びこの情報を用いて行う利用者の行動や判断につきまして、正確性、完全性、有益性、適合性、その他一切について責任を負うものではありません。この記事の情報を用いて行うすべての行動やその他に関する判断・決定は、利用者ご自身の責任において行っていただきますようお願いいたします。また、表示価格は、時期やサイトによって異なる場合があります。商品詳細は必ずリンク先のサイトにてご確認ください。

この記事を書いた人
狩野ワカの画像
狩野ワカ

ライター/エッセイスト。自由奔放な2歳の娘と娘溺愛の夫との3人暮らし。フリーペーパーやWebにて、取材記事・エッセイを中心に執筆しています。...

  1. 総合トップ
  2. >
  3. 子育て
  4. >
  5. 7-12歳児
  6. >
  7. 思春期の娘との悩みを、静かに打ち明けた/ 娘のトースト 5話