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公開 2018年08月17日  

ああ、もう。あんなこと言うべきじゃなかった。/ 娘のトースト 2話

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唯の部屋に落ちていた書き損じの手紙を読んでしまい、それを唯に見つかってしまった母の庸子。その時、思わず言った一言が唯を傷つけてしまう。


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トーストがない


今朝、唯はトーストを焼いてくれなかった。

テーブルの上に、目玉焼きとスープを置き、ため息をつく。

というか、まだリビングに姿もあらわさない。いつもだったら、たまに寝坊で遅れることはあっても、私が物音をたてている間に起きてくるのに。

昨日のこと、やっぱり怒ってるよね。

ドアの前に立って耳をすませてみる。

「唯、起きてる?」

声をかけてみても返事はなし。ドアを開けるかどうか少し迷って、やめた。テーブルに戻り、一人で目玉焼きとスープを食べる。

家を出る時に「ママ、行ってくるね。テーブルの上にごはんあるから」と、ドアに向かって声をかけたけれど、やっぱり返事はなくて、私はため息をつきながら仕事に出かけた。

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後悔


「ありさへ」とはじめられた手紙は、まぎれもないラブレターだった。

目にしていた時間はほんの数秒だったけれど「ずっと大好きだった」「友達としてじゃなくて」と唯の字で書かれた言葉が、今もはっきりと思い出せる。

それにしても、なんで手紙を読んだりしてしまったんだろう。ああ、本当に失敗した。しかも、それを唯に見つかるなんて。

「ごめん、落ちてたから、何かと思って……」

言い訳にもならない私の言葉に、唯は首を振り、うつむいた。その肩が小刻みに震えていて、私は焦る気持ちでさらに口を開いた。

「いいと思うよ。女の子が好きだって、いいと思う。こんな手紙が書けるなんて、素敵だと思う」

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早口で言うと、唯は、驚いたようにパッと顔を上げ、私を見た。

今思えば、そこでやめておけばよかったのだ。

その後が、余計だった。

「それに、きっと、いつか普通に男の子を好きになるから。唯ぐらいの年の子で女の子が気になるのって、よくあることだと思うよ」

言い終わらないうちに、唯は無表情で私に近づき、あっという間に手紙を奪い取った。

そして、両手で私の背中を強く押した。すごい力だった。

「唯、ちょっと待って、ごめん、ちがうの」

押された背中から、唯の強い拒絶が伝わる。

謝る私の言葉など聞こえないように、唯は黙ったまま、私の体を部屋の外へと追い出し、バタンと大きな音をたててドアを閉めた。

それから、唯は一日中部屋に閉じこもった。約束をしていたはずの友達にも会いに行かず、ほとんどずっと部屋の中にいた。

何回かキッチンに姿を見せたけれど、食パンやお菓子を手に取ると、すぐに部屋へ戻った。

その度に、私は声をかけて謝ったけれど、唯は、一度も、私の顔を見ることすらしなかった。

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※ この記事は2024年03月03日に再公開された記事です。

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