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公開 2018年05月18日  

好きなことを諦める方法なんて、やっぱり分からないよ。 / 28話 side満(2ページ目)

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満が小さい頃からの家族行事だった「ほうれん草の収穫」は地域や子どもたちもたくさん集まるにぎやかなものだった。キリコと奏太と一緒に参加しながら、家族のこれからに向けて気持ちを共有できたキリコと満。そして、フォトスタジオの入社面接に向けて満が作り始めていた奏太の服が完成した――。





――翌朝。

川口にいったん戻ったあとフリープランに向かった俺は、再度ケンゾーと社長に退職したいことを伝えた。

予想通りまた止められたけど、俺は手作りしたナポレオンジャケットを2人に見せ、自分の思いを話した。

俺の意志が固いと感じた社長は「わかった」と言って立ち上がり、俺は険しい顔をしたケンゾーと2人で会議室に残された。

沈黙が痛い…。


ケンゾー「これ、奏太くんに着せたんですか?」

   「いや…まだ。キリと奏太は岐阜に行ってるからさ。奏太の幼稚園のこともあるし」

ケンゾー「いいっすね、これ。かっこいい」

   「ほんと?」


嬉しくなって自然と口角が上がる俺を見て、ケンゾーが大きなため息を吐く。

…あ、すいません。


ケンゾー「はぁ。会社のことを思うと満さんが辞めるのは痛い。でもこんなジャケット作れちゃう満さんを…俺、止められないですよ」

   「ケンゾーくん…」

ケンゾー「やるからには絶対受かってくださいよ。転職失敗して、服飾と関係ない仕事に就いたらマジで許しませんよ、俺」


顔も言うこともかっこいいなぁ…。

好きになっちゃうよ、男でも。

なんだか泣きそうな俺にケンゾーが手を出し、握手する。


ケンゾー「転職祝いのセッティングしますから頑張ってください」

   「ありがとう…。ありがとうっ!」

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ララウにも話さないとな。

会社の規定だと辞めるのは1ヶ月前には言うことになってるし…1ヶ月で引き継ぎが終わるように計画を立てて…。

そんなことを考えながら会社を出ると――。

うわー、マジか。

会社前の電柱の陰に黒沢が隠れていた。

…隠れてるつもりなんだろうけど、今日は目が覚めるような黄色いコートを着ているからぜんぜん電柱と同化できてないよ?


   「お疲れ様」

黒沢  「ぅわあ!」


見つかったことに心底驚いている黒沢をほっといて俺は続ける。


   「黒沢さん、好きなことを諦める方法なんてやっぱり俺にも分からないよ。だから黒沢さんも服作り続けてね」

黒沢  「…ぇ、どうしたんですか?」

   「あ、でもケンゾーくんのことは諦めた方が良いよ。奥さんが空手黒帯だから。ヤラれちゃうよ。うん、あの子なら本当にヤっちゃうと思う。まっすぐな子だから」

黒沢  「え…」

   「さ、こんなことしてないでララウに行こう」

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――ララウにも退職の話をして、帰宅した俺はスマホのカメラを使って、面接の練習をすることにした。


   「うちの実家は小さなラーメン店を経営しています。父は35年間、ラーメン作り一本で。子どもの頃は遊んでもらえずに、ラーメン一筋に父をあまり好きではなかったんですけど…今は、好きなことに没頭してきた父がいかに楽しんでいる大人だったか分かるんです。好きな仕事をして、家族と生きていく、自分もそんな父親になりたいと思っています。そのための選択を家族でしました」


撮った動画をキリに送ると「惚れ直した」と返信がきた。

…よかった。

俺のことまだ好きみたい。

内心本気でほっとしながらスマホを見ていると、ホーム画面に切り替わり、笑っている奏太の壁紙が表示される。

明日は桜葉幼稚園のプレか。

奏太はどんな選択をするんだろう――。

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▶︎▶︎ 次回、最終話!29話は、5/22(火)20時公開予定!

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※ この記事は2024年02月21日に再公開された記事です。

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