うー、腰が痛い。
眉間に皺を寄せながら目を覚ますと実家の布団の中だった。
あぁ、そうか。
午前中、毎年恒例のほうれん草取りをしたんだった。
そしてふと、夢を見ていたな、と気づく。
朝日を浴びながらキリと話したあの場面が夢の中でも繰り返されてた。
満「来年もやろう」
キリコ「そうだね」
満「来年も再来年も、ずっとやれるように面接がんばるよ」
キリコ「うん、頼んだ」
フリープランを辞めて岐阜に家を買ったとしても、家族を優先できるような仕事に就くことが出来なければ意味がない。
フォトスタジオの面接、ぜったいに成功させないと。
…あれ?
奏太とキリはどこだろう。
痛む腰に手を当て立ち上がり、家の中を見て回るも2人の姿がない。
庭に目をやる。
子ども用自転車がないってことは公園かな。
昼間から寝静まっている実家を出て、俺は公園に向かった。
天気はいいけど寒い。
家の中で遊べばいいのに、そうはいかないのか。
公園に着くと砂場に奏太とキリ、男の子とそのママらしき人がいた。
…ん?
なんか奏太、困った顔してないか?
不思議に思いながら近づくと最初にキリと目が合った。
キリもなんか変な顔してるぞ?
「なに?」と口だけ動かしてキリに伝えようとしていると奏太が俺に気が付いた。
奏太 「パパ!」
奏太の声と共に全員の視線が俺に向けられる。
男の子のママらしき人が立ち上がって俺に会釈する。
圭吾ママ「こんにちは」
満 「こんにちは」
キリコ 「よく公園で遊んでもらってる圭吾くんと圭吾くんのママ」
満 「あー、いつもありがとうございます」
圭吾ママ「いえいえ、うちの方こそありがとうございます」
話しているとベビーカーを押した男性が近づいてきた。
圭吾ママ「あ、うちの主人です」
圭吾パパ「どうも」
圭吾 「パパ! このひと、そーたくんのパパなんだって!」
圭吾パパ「うん。ケイ、お友達できてよかったな」
圭吾 「うん!」
一通り挨拶をし、予定があるという圭吾家族が先に帰って行った。
「バイバーイ!」といつまでも何度も手を振る圭吾に、奏太は小さく手を振り返している。
元気な良い子だな。
ところで…さっきのなんか気まずい感じの雰囲気はなんだったんだろうか?
再びキリを見ると、キリは俺が言わんとすることを察知し、手のひらを出して「あとでね」とジェスチャーした。
なんだよ、気になるじゃないか。
――そして夜。
奏太が夕飯を食べながら寝落ちしてしまい、俺はキリと2人で話そうと外に連れ出すことにした。
満 「ちょっとキリ」
キリコ 「なに?」
満 「コーヒーでも買いに行こうよ」
キリコ 「えー、寒いじゃん」
満 「いいから、ほら」
キリコ 「意味わかんない」
若干キレられても、俺はキリに聞きたい事があった。
キンキンに冷えた夜道を歩く。
俺だって本当は寒いの苦手…。
キリコ 「公園のことを聞きたいんでしょ?」
満 「え? あぁ…それも聞きたいか」
キリコ 「圭吾くんが明後日のプレ、一緒に行こうって奏太を誘ったのよ。奏太は困った顔して黙って、でもすんごい小さくうなずいてたけどさ」
満 「そうだったんだ」
田舎の暗い夜道に煌々とまぶしい自動販売機の前で立ち止まり、ホットコーヒーを2本買う。
…うー、持つだけであったまるわー。
そして実家とは逆の方向に歩き出すと、「え、どこいくの?」とキリの声が聞こえてきたけど、俺は答えずに進んだ。
白い新築戸建てが見えてきて、戸建ての前にある遊歩道の花壇ブロックに腰を下ろした。
満 「やっぱりいいよなー、ここ」
キリコ 「これが見たかったのね」
キリも俺の横に座り、缶コーヒーを開ける。
満 「服が完成したよ」
キリコ 「そうなんだ。で、何作ったのよ?」
満 「ん? 奏太のナポレオンジャケット」
キリコ 「へぇ、いいじゃん」
満 「それで明日…もう一度、社長とケンゾーくんに話すよ。止められるかもしれないけどさ。作った服も持ってって見せてみる」
徐々に冷めていくコーヒーを飲みながら、俺はキリを見る。
満 「最終確認ね」
キリコ 「なに? 改まって」
満 「転職が失敗したらどうする? その可能性だってあるから。それでも前に進む?」
フリープランで引き留められてる今、まだ引き返せる。
それでも進みたい俺の隣にいてくれる?
なんて恥ずかしくて聞けるわけないけど。
聞けるわけないけど…俺の心の声とどけ! テレパシー!
脳天のあたりから思いを発信しようと頑張っている俺を見て、キリは少し呆れたような顔をしてから、戸建てを見る。
キリコ 「パパはこの庭を森みたいにして、奏太と土いじりしたいんでしょ? 私もそういうの見ながら執筆したい。人見知りの奏太もがんばってる、現在進行形で。ここまで3人とも進んできたんだもん、このままいこうよ」
…キリ。
ありがとう。
素直に言えなくて、思いを込めてうなずく。
満 「わかった」
キリコ 「あー、寒くなっちゃった。帰ろ」
立ち上がって歩き出したキリのあとを慌てて追って、横に並んだ。
あぁ、いま猛烈にキリの手を握りたい。
握ってもいいよな?
いつぶりだかわからないけど。
キリは俺の奥さんなんだし、躊躇する理由はないよな…?
思い切ってキリの手を握ると…すんげえあったかい。
俺の手はキンキンに冷えてるのに。
ほっこりしながらキリを見ると、キリは一瞬「え?」みたいな顔をしたけど、何も言わず歩いてくれた。
このままずっとおじいちゃんおばあちゃんになるまで俺と一緒に歩い…。
キリコ 「あのさ、恥ずかしいから離していい?」
満 「…うん」
キリコ 「…明後日のプレ、奏ちゃん行くっていうかなー」
満 「そうだね、いうかなー」
――翌朝。
川口にいったん戻ったあとフリープランに向かった俺は、再度ケンゾーと社長に退職したいことを伝えた。
予想通りまた止められたけど、俺は手作りしたナポレオンジャケットを2人に見せ、自分の思いを話した。
俺の意志が固いと感じた社長は「わかった」と言って立ち上がり、俺は険しい顔をしたケンゾーと2人で会議室に残された。
沈黙が痛い…。
ケンゾー「これ、奏太くんに着せたんですか?」
満 「いや…まだ。キリと奏太は岐阜に行ってるからさ。奏太の幼稚園のこともあるし」
ケンゾー「いいっすね、これ。かっこいい」
満 「ほんと?」
嬉しくなって自然と口角が上がる俺を見て、ケンゾーが大きなため息を吐く。
…あ、すいません。
ケンゾー「はぁ。会社のことを思うと満さんが辞めるのは痛い。でもこんなジャケット作れちゃう満さんを…俺、止められないですよ」
満 「ケンゾーくん…」
ケンゾー「やるからには絶対受かってくださいよ。転職失敗して、服飾と関係ない仕事に就いたらマジで許しませんよ、俺」
顔も言うこともかっこいいなぁ…。
好きになっちゃうよ、男でも。
なんだか泣きそうな俺にケンゾーが手を出し、握手する。
ケンゾー「転職祝いのセッティングしますから頑張ってください」
満 「ありがとう…。ありがとうっ!」
ララウにも話さないとな。
会社の規定だと辞めるのは1ヶ月前には言うことになってるし…1ヶ月で引き継ぎが終わるように計画を立てて…。
そんなことを考えながら会社を出ると――。
うわー、マジか。
会社前の電柱の陰に黒沢が隠れていた。
…隠れてるつもりなんだろうけど、今日は目が覚めるような黄色いコートを着ているからぜんぜん電柱と同化できてないよ?
満 「お疲れ様」
黒沢 「ぅわあ!」
見つかったことに心底驚いている黒沢をほっといて俺は続ける。
満 「黒沢さん、好きなことを諦める方法なんてやっぱり俺にも分からないよ。だから黒沢さんも服作り続けてね」
黒沢 「…ぇ、どうしたんですか?」
満 「あ、でもケンゾーくんのことは諦めた方が良いよ。奥さんが空手黒帯だから。ヤラれちゃうよ。うん、あの子なら本当にヤっちゃうと思う。まっすぐな子だから」
黒沢 「え…」
満 「さ、こんなことしてないでララウに行こう」
――ララウにも退職の話をして、帰宅した俺はスマホのカメラを使って、面接の練習をすることにした。
満 「うちの実家は小さなラーメン店を経営しています。父は35年間、ラーメン作り一本で。子どもの頃は遊んでもらえずに、ラーメン一筋に父をあまり好きではなかったんですけど…今は、好きなことに没頭してきた父がいかに楽しんでいる大人だったか分かるんです。好きな仕事をして、家族と生きていく、自分もそんな父親になりたいと思っています。そのための選択を家族でしました」
撮った動画をキリに送ると「惚れ直した」と返信がきた。
…よかった。
俺のことまだ好きみたい。
内心本気でほっとしながらスマホを見ていると、ホーム画面に切り替わり、笑っている奏太の壁紙が表示される。
明日は桜葉幼稚園のプレか。
奏太はどんな選択をするんだろう――。
▶︎▶︎ 次回、最終話!29話は、5/22(火)20時公開予定!