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公開 2018年05月11日  

久しぶりの1人暮らしは、子どもと暮らす楽しさに気付かせてくれる。 / 26話 side満

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岐阜にある満の実家近くの公園で出会った男の子、圭吾となかなか仲良くなれなかった奏太だったが、小学校のバザーを通してふたりの関係は一歩前進する。その頃、満は――。


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第26話 side 満

奏太とキリが岐阜に行った今週の俺は久々の1人暮らし状態だった。

何年ぶり?

夕飯はコンビニとか、弁当屋とか、美味しいものはいくらでも買えたし、洗濯物も1人分だから全然たまらない。

キリにあーだこーだ言われたり、奏太の散らかしたおもちゃを踏むこともなく、俺は服作りに集中できた。


でもね、やっぱり2人がいないとなんていうか、張り合いがないんだよね。

3人で暮らす楽しさを知ったら1人暮らしの自由なんて大したことないって気付いた。


そして金曜日。

お直し業務の報告で久々にフリープランにいた俺の元に、K.Dこと転職エージェントの土井和男から電話がかかってきた。



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会議室で社長とケンゾーがいる中でさすがに電話に出れないわ、俺。


社長  「電話鳴ってるぞ」

   「…あーーー、はい。ちょっと席外します」


出ない方が変か、そうか。

何にも動揺してませんよ、って顔で俺は会議室を出て、誰もいない廊下に向かう。

左右を確認してから電話に出ると、土井が「おめでとうございます」と言った。


土井  「満さん、書類選考が通りましたよ」

   「ほ…本当ですか! やった…」


思わず大きな声を出して再び左右を確認する。

やばい、ここは辞めようとしている会社の中だった。


土井  「次はいよいよ面接ですね。具体的にいつから勤務できるかなど聞かれると思います」


喜んだ顔が一気に凍っていくのが分かる。

そうだ、その試練が待っていたんだ。

「辞めます!」って言わなきゃいけないんだ。

引継ぎもあるし、なるはやで…。

胃が痛いけど、先延ばしにしてると胃痛が胃潰瘍に達してしまうかもしれない。

土井から今ここで電話が掛かって来たのは、神様が「早く言っちゃいなさい」って言ってるからに違いない。

俺は電話を切ったあと、気合いを入れるように拳を作り、会議室に戻った。


社長  「どうした? そんな怖い顔して。なんかあったのか?」



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わ、さっそく顔に出てますか。うぅ…。

ケンゾーも不思議そうな顔で見てるぞ。

俺にパワーを! 岐阜から送ってくれ、奏太! キリ!


   「じ…じつは」


――俺から転職話を聞いた社長とケンゾーが固まってしまった。

ち、ちんもく…。


   「…ララウにも自分できちんと話します。お直し業務の引継ぎをしっかりやって」

社長  「ちょちょちょちょ、待てよ。ララウの受付業務が合わないんだな?」

   「いや…」

社長  「心配するな。マネージャーに戻すから」

   「いや…あの…本当にすみません。長年お世話になって、感謝しています。でも辞めさせてください」

社長  「ちょっと待ってくれよ。辞めないでくれよ」


俺の本気度に焦った社長が前のめりになった時、社長のスマホが鳴る。

仕事先の人と手短に話し電話を切ると、社長は大きなため息を吐いた。


社長  「俺、出なきゃいけないからケンゾーあとは頼んだ」

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社長が会議室を出て行き、再び沈黙。

チラリとケンゾーを見ると怖い顔をしている。

うぅ…怒ってるのかな?


ケンゾー「満さん前に、言ってたじゃないですか」

   「え…なんだっけ」

ケンゾー「俺は転職しないって言いましたよね」


…言ったね。

でもあれはあれで家族のためで、今回転職したいのも家族のためなんだよー。


ケンゾー「この間のランチの時からなんか変だなーって思ってたんすよ」

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あぁ…気づいちゃってたんだ。

必死で隠したつもりだったんだけど。

でもあのメンバーの中で気づいたのはケンゾーだけだろうな。

あの時のメンバー……あ。


   「ちょっと話変わるけどさ……」

ケンゾー「なんですか」

   「黒沢さんのことなんだけど」

ケンゾー「大丈夫ですよ。俺、あーゆーの慣れてますから」

   「え?」

ケンゾー「学生のときも、付きまといとか、待ち伏せとか、けっこうやられてました」

   「えー、大丈夫だったの?」

ケンゾー「そういう子って、俺っていうか、俺の恋人に攻撃しようとするんですよねぇ。ちょっと警察沙汰になったこともあるけど…」


さすがモテる男のエピソードはすごいな…。


ケンゾー「でも安心してください。うちのさっちゃんは空手黒帯なんで。おそらく一般男性くらいは倒せます」


うん、安心した。頼もしいお嫁さんだね。

――必死で俺を説得しようとしたケンゾーの顔や言葉が、帰りの電車に乗る俺の頭の中でループしている。



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「辞めるなんて言わないでください」
「地元に帰るなんて言わないでくださいよ」
「ずっと頑張ってきたじゃないですか」
「いいんですか? それで本当に」

確かに頑張ってきた、今日までずっと、ここ東京で。

本当に地元に帰って後悔しないのか。

そんなこと聞かないでくれ。揺らぐじゃないかよ…。

思わず大きなため息を吐くと同時に江原からメッセが送られてきた。


メッセ 「送り忘れてたわ~!」


送られてきた動画を見ると、そこにはバッティングセンターで転ぶ俺と、大笑いする江原、タカヒロが映っていた。

あぁこの夜サイコーだったな。

しっかりしろ、俺。

地元に帰るのは仕事のためだけじゃない。

奏太やキリ、家族、友人とこれからの人生を楽しむため。

楽しめる親父になるため。

揺らぐな、俺。

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