桜葉幼稚園の先生にもらったチケットで小学校のバザーに行ってみた土曜の午前中。
そこでも圭吾親子に遭遇し、中古おもちゃのクジを前にして奏太と圭吾がもめて…。
まさかのお互いが欲しいと言っていたものが当たっちゃったのよね。
奏太は圭吾がほしい剣。剣に興味なし。
圭吾は奏太がほしい電車。電車に興味なし。
ここは素直に交換すればすべては丸く収まるのだけど、奏太が意地を張ってそれをしようとしない。
なんでそんなに圭吾に対してムキになるのか…。わからん。
クジ担当のお母さんが圭吾に、Nゲージの山手線が手渡す。
お母さん「はい、どうぞ」
圭吾 「…ありがとう」
私は奏太をちらりと見る。
うー、ガン見。山手線に穴が開くほど見てるじゃないの。
圭吾は山手線を握り締め、困った顔をしている。
圭吾 「ママー、こんなのいらないー」
圭吾ママ「じゃあ、奏太くんにプレゼントしたら? 奏太くん、それが良かったんだって」
圭吾 「うーん…いいよ!」
わぁ、プレゼントしてくれるなんて。
一方のうちのボウズは…。
キリコ 「ありがとうね、圭吾くん。じゃあさ、奏ちゃんは圭吾くんに剣をプレゼントしたら?」
奏太 「いやだ!」
うぉいっ!
ヤキモキしている私をしり目に圭吾が奏太に山手線を差し出した。
圭吾 「そーたくん、はい、どうぞ」
奏太は険しい表情のまま、圭吾から山手線を受け取る。
あんなにイヤがってたくせに、もらうんかい。
キリコ 「奏ちゃん、ありがとうは?」
奏太 「……」
キリコ 「奏ちゃん!」
思わず大きな声を出すと、圭吾のママが私に微笑む。
圭吾ママ「あ、いいですよ。ケイ、次はおもちゃ釣りのところに行こうか」
圭吾 「うん!」
圭吾ママ「じゃあまたね、奏ちゃん」
圭吾 「ばいばーい」
キリコ 「バイバーイ…」
なんだろう。あの気持ちの良い親子は…。
遠ざかっていく圭吾親子を見つめ鼻からふーっと息を吐き、奏太に視線を移す。
両手に電車と剣を持っているのに、ぜんぜん嬉しそうな顔をしていないじゃないの。
そんな険しい顔をして。
キリコ 「ねぇ、奏ちゃん。圭吾くんはその剣が欲しかったんだって」
奏太 「……」
キリコ 「圭吾くんさ、奏ちゃんの欲しかった電車をくれたね。奏太さ、その剣、本当にほしいの?」
何にも答えない。
こういう時、どうしてあげるのがベストなんだろう?
私がベテランママなら方法が分かるのかもしれないけど。
でも無理やり剣をとりあげて圭吾に渡したところで余計に圭吾を「イヤ」って言いそうだし。
こういうのは本人の気持ちを待つしかないのかな。
キリコ 「………次はどうしようか。…お洋服とか見てみる?」
ゆっくりと歩き出し、振り返る。
奏太は下を向いたまま動こうとしない。
私は数歩戻って、奏太の横にしゃがみ込む。
キリコ 「どうしたの?」
奏太 「………」
キリコ 「黙ってたらわからないよ? 帰る?」
奏太 「……剣いらない」
キリコ 「じゃあさ…」
私が言いかけた時、奏太がその場にぽいっと剣を投げ捨てた。
キリコ 「ちょっと、奏ちゃん!」
奏太 「……」
キリコ 「そんな風に捨てるなら、圭吾くんにどうぞしたらいいじゃん? ママも一緒に言ってあげるから」
あなたが人見知りしてしまうのは分かる。
私だってそうだったから。
でもね、あなたが産まれて、気づけば他のママたちと仲良くなれた。
そしたらとっても楽しくて、あなたに感謝してるんだよ。
奏太も川口のお友だちと少しずつ仲良くなれたよね。
これからもしこの知らない土地でお友達を作っていくなら、ママも一緒に奏太と楽しくやっていきたい。
奏太は何も言わず、泣き出しそうな顔をしている。
キリコ 「ポイしちゃうくらいなら、圭吾くんにプレゼントしてあげよう? 剣だって、その方が嬉しいよ。ね?」
奏太に届け、私の気持ち。
奏太 「……うん」
小さく答えたその声がとっても嬉しくて、笑顔になる。
キリコ 「よし! じゃあ、探しに行こうか。おもちゃ釣りに行くって言ってたよね」
奏太 「うん」
奏太と共に走り出し、おもちゃ釣りコーナーに向かうと圭吾親子の姿があった。
キリコ 「圭吾くーん!」
圭吾 「あ!」
キリコ 「あのね、奏太が」
奏太 「…」
奏太は下を向いたまま黙っている。
うん、大丈夫だよ。
剣をもつ奏太の手に自分の手を重ね、圭吾に差し出す。
キリコ 「はい、どうぞ」
圭吾 「やった!」
圭吾は飛びきりの笑顔を見せ、剣を掲げてジャンプする。
圭吾ママ「いいんですか? 奏太くん、いいの?」
奏太が無言でうなずくと、圭吾が奏太の顔を覗き込んだ。
圭吾 「そーたくん、ありがと!」
奏太 「……うん」
そのやり取りにホッとして圭吾ママを見ると、圭吾ママも私を見て微笑んでくれた。
あぁ、よかった。
こっちに引っ越して来るかどうかまだわからないけど、これから奏太が生きていく上で出会いや別れは何度もある。人見知りでも、時間がかかっても、こうやって乗り越えていけたらいいんだけど。
圭吾 「わーい!」
圭吾は剣を掲げたまま、校庭のすべり台へと走り出す。
圭吾ママ「ちょっと待って」
赤ちゃん「うううー」
圭吾ママ「あ、起きちゃった」
キリコ 「…何ヶ月なんですか?」
圭吾ママ「8ヶ月です」
抱っこされた赤ちゃんを覗き込むと、くりくりの瞳で私を見つめ返してくれた。
あぁ、かわいい。
奏太もこんなだったのに、あっという間に幼稚園入園かぁ。
キリコ 「お名前なんですか?」
圭吾ママ「ミナです」
圭吾ママと話しながらすべり台に向かうと、圭吾がすべり台の上でかっこいいポーズを決めていた。
圭吾 「レッドコマンド、さんじょうぉ! わるいやつからこのしぜんゆたかなちきゅうをまもる!」
おお、スケールの大きい話なんだね。
とても真剣な圭吾を見つめていると、「ふふ」という小さな声が聞こえ、奏太に視線を移すと奏太が圭吾を見て笑っていた。
キリコ 「圭吾くん、かっこいいね、奏ちゃん」
奏太 「ふふ」
常に険しい顔だった奏太の初めての笑顔に気付いた圭吾が、すべり台の上から奏太に剣を向ける。
圭吾 「きたな! ぶらっくえいりあんめ!」
そして勢いよくすべり台を滑り、奏太の元へ走る。
奏太 「こ、こないで~!」
驚いた奏太が圭吾をちょっと振り払おうとすると、圭吾が大げさに倒れた。
圭吾 「うわ~! とける~!」
奏太 「ふふふ。ぼくもすべり台やろう」
奏太は圭吾を置いて、すべり台を駆け上がった。
「ぼくも」と続く圭吾に奏太が「あっちいって」と言うことははもうない。
奏太 「ママ~!」
すべり台の上から笑顔で手を振る奏太に手を振り返す。
午後には夫が岐阜に来る。今日のことを教えてあげなくちゃ。
次回、満の書類選考の結果が…。どうなる円田家の未来――。
▶︎▶︎ 次回、26話は、5/11(金)20時公開予定!