新しい環境で心細いのは、子どもだけじゃない。私もだ。 / 18話 sideキリコのタイトル画像
公開 2018年04月10日  

新しい環境で心細いのは、子どもだけじゃない。私もだ。 / 18話 sideキリコ(2ページ目)

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「新しい可能性」を考えるために、満の転職先候補であるフォトスタジオを名古屋まで見学しに行った満とキリコ。想定外に2人きりの時間を過ごすことになり、改めてお互いの暮らしの現状とこれからの人生について話し合うことになった。そしてその翌日。地元の不動産王で満の同級生・江原に案内されて実家近くの戸建ての家を内見に行く――。


奏太  「…ママ」


小さな声で呼ばれ奏太を見ると、知らない場所、知らない人たちを見て表情を曇らせている。

これはいかん。私がビビっててどうする! 大丈夫だよ、奏太! ママがついてる!


受付で名前を書き、先生に言われた「くまさん」の絵がドアに貼られている教室に向かう。

うぅ…ここも固まりだらけじゃ。ひるんではいけない。とりあえず笑顔、得意の外面をキープして声をかけてみようかな…。

近くにいたママに声をかけようかと一歩踏み出すと、奏太が私の手を引いてブレーキをかける。


キリコ  「ん? どうした?」

奏太  「…おそといきたい」

キリコ  「せっかく来たんだし、あそん…」

奏太  「やだ!」


奏太が大きな声を出したと同時に、先生が2人教室に入って来た。


先生1  「おはようございま~す! どこでもいいから好きなところに座ってね」

子どもたち「はーい」

キリコ  「ほら、奏ちゃんはどの席にする?」


慌てて奏太を席に座らせようとすると、奏太の手の力がさらに強くなる。


奏太  「やだやだやだー!!」


その一瞬、教室が静まり返って、全員の視線が私と奏太に向けられた。
うわー…変な汗が出る。


先生1  「ママと一緒で大丈夫だよ」

キリコ  「あ…すみません…」


私は先生に一礼するとしゃがみ込み、どうしても席に座りたがらない奏太を抱きしめた。


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奏太  「おそとにでたいー!」

キリコ  「奏ちゃん、静かにして。みんな先生のお話聞いてるよ?」

奏太  「おそとにでたいー! でるー!」

キリコ  「奏ちゃん!」


思わず強めに名前を呼ぶと、奏太は驚いた表情を見せ、泣き出してしまった。


奏太  「う…わああああん! ママやーだー!」

キリコ  「奏ちゃん、お願い。静かにして」

先生2  「奏太くん、手遊び一緒にしよう?」

キリコ  「…あ、すみま」

奏太  「うわああああん!」


優しく声を掛けに来てくれた先生にお礼を言う余裕もないほど、私の額から汗が吹き出し、もうこれ以上、知らない人たちに迷惑をかけるのに耐えられず、私は奏太を抱いて廊下に出た。

泣き止まない14キロ超えの奏太を抱き上げたままテンパっているうちに、プレが終わってしまった。楽しそうに教室から出てくる子どもたち、仲良くおしゃべりするママたち。あぁ、私と奏太だけ別の場所にいるみたい。

呆然としていると見知らぬ女の子が奏太を指さして「あっ」と声を出した。そして品の良いママと一緒に私たちの元にやってきた。


江原の妻  「あの、もしかして…奏ちゃん?」

奏太  「…」

キリコ  「え、あの…」

江原の妻  「あ、江原です」

キリコ  「あー!」

江原の妻  「いつも主人がお世話になっています」


江原さんに微笑まれ、私は少し肩の力が抜ける。あぁ、すごい汗かいてて恥ずかしい。化粧も崩れてるだろうな。普段はやらないアイラインもマスカラも落ちて、パンダになってるかも…。


キリコ  「ここの幼稚園、すごく広いですね、園庭も園舎も」

江原の妻  「そうですね」

キリコ  「あの…」


やっと話ができる人が見つかって、幼稚園のことを聞こうとしたのに、江原さんは他のママに声を掛けられてぐるっとそっちを向いてしまう。


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奏太  「おそといきたい!」

キリコ  「ちょっと待って」

キリコ  「ごめんさい…奏太が外に行きたがってるので」


…ダメだ。周りの音にかき消されて私の声が届かない。


奏太  「はやく! おそと!」

キリコ  「…じゃあ、失礼します」


江原さんは私が去って行くことに全然気づかず、ずっと話している。きっとあのママとは仲良しで、私なんて夫の友人の妻、っていう全然親しい仲じゃないし、仕方ないんだけど…仕方ないんだけど…なんか寂しい。

子どもたちが園庭でワイワイと騒ぐ楽しい雰囲気の中、奏太と手を繋いで義実家へと歩き出す。


キリコ  「奏ちゃん……どうだった? 幼稚園」

奏太  「やだ」

キリコ  「…だよねー。でもあの電車の見えるおうちを買ったら、今日行った幼稚園に行くことになるかもなんだよ?」

奏太  「やーだー!」

キリコ  「…だよねー」


あぁ、やっぱり理想の家を買うのは難しい。
あの家は理想の家だったけど、仕事も家族もすべてが100点なんてムリなのかな。


その日、沈んだ気持ちのまま、私と奏太は新幹線で川口へ戻った。

とても疲れていて、私も奏太も家に着くと布団にダイブした。落ち着く、落ち着くなぁ、賃貸だけどマイホーム。マイタウン川口…。

そしてそのまま夕方から2人で爆睡した。私たちが寝ている間に夫がどんなことをしていたか全く知らず――。

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▶︎▶︎ 次回、19話は、4/13(金)20時公開予定!

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※ この記事は2024年04月10日に再公開された記事です。

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