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公開 2018年03月16日  

夫とお互いの理想を話せるようになったのは、けっこう進歩だと思う。 / 11話 sideキリコ

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4年ぶりにライターの仕事を再開するも、出産前と同じように原稿が進まず初めて仕事を落とし落ち込むキリコ。やっぱり子育てしながら仕事をするなんて無理なのかな…。そんな時、今度は以前仕事を受けていたヨリミチ日和の吉田から連絡がくる――。


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第11話 side キリコ

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あー、年末だ。あー、大晦日だ。あー、正月だ。

なんて思っていたら、あっと今に2018年になって10日以上たっている。早い。



でも今年の年末年始はこれまでと違って家でのんびりできた。

結婚して5年。毎年、義実家で年越しをし、酸欠の金魚みたいに息苦しかったけど、先月の高熱で義母との距離が縮んだことをきっかけに「今年は家で過ごします」と素直に言えることが出来た。

ダラダラしながら年末特番を見られた喜びと言ったら…!

そして今日は、都内でやってる「キルト展」を見るために上京してきた義母がうちにお泊りしている。

「一宿一飯の恩義」と言って夕飯を作ってくれて、私はその間、奏太としっかり向き合って遊べることが出来て良い時間を過ごせた――。



奏太の寝かしつけをし、お風呂に入った義母と入れ替えで夫と話していると、私のスマホが鳴った。


キリコ 「わ―――」

   「どうした?」

キリコ 「…ヨ、ヨリミチ日和の吉田さんから」

   「どれどれ」


私はスマホを夫に差し出した。


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  「お久しぶりです、キリコさん。お元気でしたか? メールもらえてとっても嬉しかったです。ありがとうございます! いつもキリコさんのインスタ見てますよ。美味しそうだから私もついついあんこモノ買っちゃいます。それで今回…」


【ご相談があります。新たにママ向けのサイトを作ることになり、ぜひキリコさんにライターで入ってもらいたいと思っています。

 もし打ち合わせが可能でしたら、息子くんも一緒でオッケーですので、日時などを提案してもらえると幸いです。

 追伸、このサイトのバタバタでメールの返信が遅くなってしまいました。ごめんなさい!】



――独身の頃からずっと付き合いのある吉田さんは私と同い年で2人のお子さんがいる。とっても話しやすくて、個人的に友達になりたいくらい好きな人なんだけど…。


  「いいね、やったじゃない。ママ向けなんて、ど真ん中じゃない」


夫にスマホを返され、私は大きなため息を吐く。


キリコ 「そうだけど、そうだけどさ…今のままじゃ、またRAIRAと同じことになるよ」


こんなこと言ったらあれだけど、RAIRAの神林に呆れられるより、吉田さんにがっかりされてしまう方がイヤです、私…。


   「うーん…でも会うだけ会ってみたらいいんじゃないの? 一喜一憂するほどライティングが好きなんだから、会って来なよ、吉田さんに」


言葉にされると恥ずかしいけど、確かにそうかもしれない。こんなに心が振り回されるのは、この仕事しかない…。


   「吉田さんって子どもいたよね?」

キリコ 「うん」

   「なにか良いやり方を考えてくれるかもしれないよ? 同じ境遇なんだしさ。子どもが熱出して、とかそういうの分かってくれるんじゃない?」

キリコ 「うーん…」


私の煮え切らない態度に夫が「ふーっ」とため息を吐く。


   「…やりたいことで声かけてもらえるなんて、恵まれてると思うよ。俺なんて、スタイリストのマネージャー外されて、クリーニング店のお直し業務の担当にさせられたままなんだからさ」

キリコ 「ま、まあね…」


先月からの夫を見ていれば分かる。「仕事つまんない」がダダ漏れしてるから。

休みの日もなんかあんまり覇気がない。私だって出来たら夫には楽しんで仕事をしてもらいたい。

休日まで引きずるほど仕事がつまらないのは、ちょっと勘弁してほしい。


キリコ 「社長にさ、マネージャー業に戻してって言ってみたらいいのに」


夫は頬杖をついて、ひじき煮の豆だけ拾って食べている。


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   「無理じゃないかな。上野さんやり手みたいだし。ケンゾーくんが言ってた」

キリコ 「そ…なんだ」


社長と一緒にフリープランを立ち上げた人だもんねー。夫より確実にパワフルそう…。


   「俺さー、自分ではけっこう出来るマネージャーだなって、思ってたところがあったんだけど、勘違いだったのかもね。そもそも俺ってマネージャーやりたいんだっけ? 的な…」

キリコ 「ん?」

   「はぁ。オリジナルの服を作ったりさ、自分にしか出来ないような仕事をやれるのはごく一部の人たちだけで、 やりたいこと…やれる仕事…。したいなら……いや、げほっ、ごほっ! お、お茶ちょうだい」


コップにペットボトルの緑茶を注ぎながら、ずっと夫を見つめていると、お茶を飲んだ夫が私の視線に気づき固まった。


   「…な、なに?」

キリコ 「さっきなんか言おうとして止めたでしょ?」

   「え…そんなことないよ…豆が」

キリコ 「豆のせいにしないでちゃんと言いたいこと話してよ。何でも話し合うって決めたよね?」

   「……うーん、実は」


夫は風呂場の義母を気にしつつ、小声で話してくれた。


転職エージェントから来た仕事内容が魅力的なこと。その職場は名古屋にあること。

…名古屋。パパが生き生きしてくれるのはこちらも嬉しいけど…名古屋。


キリコ 「…そうなんだ。…もしパパがそこで働くことになったら、引っ越すってことだよね。奏太の幼稚園もあるし…」


真面目なトーンで返されたことに慌てたのか、夫はやや大きな声になる。


   「いやいや! 転職するとは決まってないよ。魅力的ではあるけど、本当に東京から離れていいのかなって思うしね。やっぱり東京で勝負し続けたい気持ちはあるじゃん?」

キリコ 「まー、わかるけど」

   「もう36歳だけど、まだ36歳でもあるし…都落ちすることが本当にいいのかわかんないよ。他のスタッフたちに迷惑かけるのは目に見えてるしね」

キリコ 「でも…とりあえずさ、エージェントに話だけでも聞いてみたら?」

   「え?」

キリコ 「30代後半の転職の厳しさとかさ、そういうのは全国共通かもしれないし。それに…私も知ってるから。パパがずーっと服が好きなこと」

   「……」

キリコ 「パパがそのフォトスタジオに転職したいかもって思ったのは、時には衣装を作ることもある、って仕事内容でしょ?」


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※ この記事は2024年02月10日に再公開された記事です。

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