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  7. こんなに涙が出るほど笑ったの、いつぶりだろう。 / 第2話 side満

こんなに涙が出るほど笑ったの、いつぶりだろう。 / 第2話 side満

こんなに涙が出るほど笑ったの、いつぶりだろう。  / 第2話 side満のタイトル画像

12月のある土曜日。満の両親がラーメン店『おぼろさん』を引退する日、満・キリコそして息子の奏太は新幹線に乗り、満の実家のある岐阜へ来ていた。実家でお昼ごはんを食べながら、満は兄ツヨシから「地元に家を買え」と熱く語られる。
そして夜、満は地元の友人である江原とタカヒロの3人で飲みに出かける。

こんなに涙が出るほど笑ったの、いつぶりだろう。  / 第2話 side満の画像1

第2話 side 満



夕飯を食べた後、1日はしゃぎまくっていた奏太はお風呂に入らず寝落ちしてしまった。

「奏太と一緒に寝ます」というキリがうちの実家の1番風呂にささっと入り、ささっと寝室に向かった。

「寝ます」と言ってもおそらくスマホで甘いものでも検索するのだろう。

俺は約束通り、江原とタカヒロと飲みに行くことにした。




21時。実家に黒色のベンツ・ゲレンデがやってきた。

助手席に江原、運転席にいるのは江原の妻だ。

俺は後部座席にいたタカヒロの横に乗り込んだ。


江原  「奏ちゃん寝たの?」

   「うん。江原んとこの子は?」

江原  「3人ともまだ起きてるよー。おばあちゃんとものまねグランプリ観てる」

タカヒロ「うちの娘は嫁とライブに行ってるYO!」

   「相変わらずだねー。娘は小…」

タカヒロ「シックス!」

   「小6か、大きくなるの早いなー」

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ゲレンデは細い路地に入り、古びたビルの前に停まる。

そこにはこじゃれたレストランがあった。

ビル1階の店舗から優しい光が溢れ、ターコイズブルーのドアを間接照明が照らしている。

いつの間にこんなものができたんだ。


タカヒロ「すげぇ美味いんだよ、ここのピザ。まさに神ワザ!」

江原の妻「帰りは?」

江原  「タクシー呼ぶよ。ありがとね」


レストランの名は「ポンテミルヴィオ」。

中に入ると、南欧風の可愛らしい雰囲気に一瞬めまいがする。

キリが好きそうなところだな…。これ男3人で大丈夫か?

こんなに涙が出るほど笑ったの、いつぶりだろう。  / 第2話 side満の画像5

ビールで乾杯しなんだかんだ話しているうちに美味しそうな料理がどんどん届く。


   「あー、このピザ、ほんと美味しい」

タカヒロ「うちのファミレスとは大違い。レンジでチンだから素早い。どうだい?」

江原  「やめて店長。自分でお店の評判下げるのやめて。ファミレスつぶれたらどうすんの。リフォームしてるおうちのお金が払えなくなりますよ!」

   「タカヒロんちリフォームしてんだ?」

江原  「うん。うちが業者紹介したからかなり安くなってるよ」

タカヒロ「あざすあざす。地元の不動産王と子どもの頃から友達で俺は幸せざます」

   「タカヒロんちの戸建てって、仲介したのも確か江原不動産だよね?」

タカヒロ「本当はこだわりの家、建てたかったけどねぇ。家を買う金で人生縛られたくねぇ。手ごろな建売を買いましたよねぇ」

   「もう…10年くらい? けっこう払ったんじゃない?」



俺の言葉にタカヒロがふーっと息を吐き、『Funky Town』と書かれたキャップを取る。

少し寂しくなった頭皮が露わになったせいか、一気に素のアラフォーになる。

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タカヒロ「いや……12年。上の子が産まれた年に買ったから。ローンはあと23年ありますよ~。払い終わる頃は…59? こえぇ」

江原  「お、シビアな話だと韻踏む余裕がないね。はは」

タカヒロ「みっつーはどうすんの? 早く買った方が良いよ~、長いよ~、ローン長いよ~、恐ろしいよ~」

   「…脅かすの止めてよ」

タカヒロ「いやマジ、脅しじゃねぇし…」


疲れた顔をするタカヒロを見て、「俺たちも年を取ったんだな」と切ない思いが湧き上らなくもない。


江原  「みっつーがこっちに家を買うなら、全力で仲介するよ。そだ、すんげぇいい新築戸建てがあるよ。みっつーの実家の近くでさ」


江原はスマホを取り出し、えびす顔で物件を探しはじめる。


   「ちょ…営業しないでよ」

江原  「なんだよー。じゃあ、ラインで送っとく」

タカヒロ「ははっ。仕事はえぇ。じゃあ、俺もなんかするかな。…なんだ?」

江原  「タカヒロさ、転職エージェントしてる友達がいるって言ってたじゃん?」

タカヒロ「おっ! K.Dのことね! じゃあ俺はK.Dに会った時に、みっつーがやってるような服関係の転職先がないか聞いてみるぜぇ」

   「ちょっとタカヒロまで…。というか、K.Dってなに?」

タカヒロ「和男・土井」

江原  「でもなー、都会でキラキラ頑張ってるみっつーが地元に帰って来ちゃうのは寂しいよな。俺たちのカリスマお洒落番長だからさ」

   「安心して。帰らないから」

タカヒロ「でももうアラフォーだし、真面目に考えたほうがいいじゃねぇの? 子どもの学費もかかってくるし」

   「うーん、探してはいるんだけどね…探せば探すほど、本当に死ぬまで暮らしたい場所なのかーって思えてくるっていうかね」




――そう。俺たち一家はキリが退院してから家探しを本格化させていた。



でも理想と現実が違い過ぎて、もはや自分たちがどんな家を買うべきなのか完全に見失ってもいた。

小さな敷地にぎゅうぎゅうに戸建てが5つ建てられた建売を見に行った時は、ベランダからベランダへ、窓から窓へ飛び移れる距離に驚愕した。


奏太  「パパ~! このおうち、階段があるよ~! ぼく、階段のおうちがいい~!」

   「…そっか~。パパも戸建てはいいと思うんだけど…これはなぁ」



キリも俺も田舎育ちだから、戸建てを買うイコール庭付きという気持ちがあったけど、庭どころか駐車スペースもぎりぎりビルトインで1台停められるという感じ。

これならマンションの方がいいのでは? と思っても、これまた新築は高い。

いっそ古い物件を買ってリノベするか! とキリが言い出し、中古マンションを内見してみたけどやはりしっくりこなかった。

結局また到底買えそうにない新築の戸建てまで見に行くことになった。

大切な休日の数時間を使って…という俺の疑問は置き去りで。



あぁ、もう家なんて見に行きたくない。今住んでいる家で休みの日はゴロゴロしていたい。

本音がポロポロ出そうになるほど、ほとほと疲れた時、ある戸建てに出会った。キリ曰く、運命らしい。

それは屋上庭園のある家だった。


キリコ 「ここ何気にいいかも。屋上に出れば空が見えるし…。私がしっかり働けば買えなくはないよね?」

  「うーん…4500万だよ? 厳しいんじゃない?」

奏太  「このおうちは買えるの? 高くないの?」

キリコ 「高いけど、頑張れば買えるかも?」

奏太  「やったー! じゃあ買っちゃお」

   「そんな簡単に買えないの…。ちょっと落ち着いて計算してみたりしようよ。色々見過ぎて感覚がおかしくなってるよ、キリ」

奏太  「なんで? ママー、パパが買えないって言ってるよ 」

キリコ 「今日は買わないけど、いつかね」

奏太  「やーだ! 今日かうの!」


キリは俺の話が聞こえてないのか、目をキラキラさせて空を見ている。

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――2時間ほど飲んだ俺たちはタクシーに乗り込み、閉店ぎりぎりのバッティングセンターへ向かった。

子どもの頃から来てたけど、レトロな感じが全然変わってない。変わったのは俺たちがおっさんになったこと。


江原  「フォームが崩れてないか動画撮ってあげる」

   「崩れてるに決まってるでしょ」



酔っぱらってフラフラな癖に思い切りバットを振って、俺は足がもつれて思い切り尻もちを着いた。


江原  「ぎゃははは」

タカヒロ「ひどい、マジ腹痛い」

   「あはは」



涙が出るほど笑ったのはいつぶりだろう。ストレスが飛んで行くのが見えた。





そのあと、それぞれタクシーに乗り込み、急に静かになった車内で俺はスマホニュースを見始めた。


そしてキリのインスタを覗く。

そこにはコンビニのあんぱん、どらやき、パン屋さんのあんぱん、あんドーナツ、和菓子屋さんのまんじゅう、大福など、日々あんこスイーツが乗せられている。

キリはこの半年であんこにドはまりし、あんなにはまっていた占いもそっちのけでインスタにあんこネタを披露していた。




スクロールしていくと、秋に結婚式をあげた会社の後輩ケンゾーと早智ちゃんの写真もあった。

早智ちゃんの白無垢はとても綺麗で、キリは感動して泣いていたけど、俺は早智ちゃんのお母さんが早智ちゃんにそっくりでそっちに感動したっけ。



キリが泣いた、といえば先月キリのママ友の恵美さんが旦那さんの転勤で福岡に行ってしまった。

恵美さんは「公園水濡れ事件」で奏太の着替えを手伝ってくれた人だ。

キリを筆頭におばさんたちが恵美さんと娘のハル子ちゃんの送別会で、大泣きしている動画をキリが見せてくれた。




   「…うっ、うっ、また会えるよ。同じ日本なんだもん」

キリコ 「みんなずっと…うっ、うっ、子どもたちも…うっ、うっ、恵美ちゃんとハル子ちゃんの友達だからね…うっ、うっ、ズルズルッ…あぁ、鼻水出ちゃう」

   「そうだよ、そうだよ…うっ、うっ。ティッシュあるよ…」

文乃  「いつでも川口に遊びに来て。待ってる…うっ、うっ」

   「…うっ、うっ、その時はうちに泊まって」

恵美  「みんなありがとう…うっ、うっ、色々不安もあるけど、不安ばっかりだけど…うっ、うっ、全都道府県にみんながいたらいいのに…」

一同  「……あはは!」

こんなに涙が出るほど笑ったの、いつぶりだろう。  / 第2話 side満の画像12

キリは「恵美ちゃんが遠くに行っちゃったのは寂しいけど、他のママたちと離れたくない…」と真剣な顔で俺に言った。



ムリしてでも本気で川口に家を買う気なのだろう。

今度の家族会議で本当にローンを組んで払っていけるのか話さないとな。

そう。キリが入院中に始めた月1の家族会議は今もちゃんと続いている。


12月の目標は、個々にいろいろあったけど、奏太が「サンタさんにプレゼントをもらう」とか。

家族全員としては「風邪ひかない。インフルにならない」だった。

インフルに関しては先月の目標で「家族全員、予防接種を受ける」を掲げ、目標達成できたから、大丈夫だと思うけど、とりあえず通勤中のマスクを欠かさずにしている。




――タクシーが実家に到着し、真っ暗な家の中に入った。


シャワーは明日浴びよう、と寝室に向かうと、スマホで何か文章を打ち込んでいるキリの顔が、スマホの光で浮かんで見えた。


   「…なにしてんの?」

キリコ 「これどう思う?」


キリにスマホを渡され、打ち込まれた文書を見る。

そこには、「来年の4月から息子が幼稚園に入園します。仕事を再開できそうなので連絡ください」という文章が並んでいた。


   「…ん? いいんじゃない?」

キリコ 「もたもたしてる間に屋上庭園の家が売れちゃうだろうし、仕事がもらえる当てがハッキリすれば買う方向で動けると思ってさ。入園後に私も働く…だと遅いのかなと思って。屋上庭園の家が買えるように、今から何か策を練らないと!」

   「うん……」


キリのキラキラした視線に耐えられず、俺は風呂場に向かった。


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――翌日、俺たち一家は岐阜から川口に戻った。


そして週明け、俺は社長に呼び出されることになる。  

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▶︎▶︎ 次回、第3話は、2/13(火)公開予定!

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この記事を書いた人
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さいとう美如

フリーライター。映像作家の岩井俊二に師事し、2005年にラジオドラマで脚本家デビュー。映画『虹の女神』、恋愛スマホゲーム『花婿ロワイヤル』、そのほか小説、漫画原...

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