こんなに涙が出るほど笑ったの、いつぶりだろう。  / 第2話 side満のタイトル画像
公開 2018年02月09日  

こんなに涙が出るほど笑ったの、いつぶりだろう。 / 第2話 side満(2ページ目)

59,969 View

12月のある土曜日。満の両親がラーメン店『おぼろさん』を引退する日、満・キリコそして息子の奏太は新幹線に乗り、満の実家のある岐阜へ来ていた。実家でお昼ごはんを食べながら、満は兄ツヨシから「地元に家を買え」と熱く語られる。
そして夜、満は地元の友人である江原とタカヒロの3人で飲みに出かける。




――そう。俺たち一家はキリが退院してから家探しを本格化させていた。



でも理想と現実が違い過ぎて、もはや自分たちがどんな家を買うべきなのか完全に見失ってもいた。

小さな敷地にぎゅうぎゅうに戸建てが5つ建てられた建売を見に行った時は、ベランダからベランダへ、窓から窓へ飛び移れる距離に驚愕した。


奏太  「パパ~! このおうち、階段があるよ~! ぼく、階段のおうちがいい~!」

   「…そっか~。パパも戸建てはいいと思うんだけど…これはなぁ」



キリも俺も田舎育ちだから、戸建てを買うイコール庭付きという気持ちがあったけど、庭どころか駐車スペースもぎりぎりビルトインで1台停められるという感じ。

これならマンションの方がいいのでは? と思っても、これまた新築は高い。

いっそ古い物件を買ってリノベするか! とキリが言い出し、中古マンションを内見してみたけどやはりしっくりこなかった。

結局また到底買えそうにない新築の戸建てまで見に行くことになった。

大切な休日の数時間を使って…という俺の疑問は置き去りで。



あぁ、もう家なんて見に行きたくない。今住んでいる家で休みの日はゴロゴロしていたい。

本音がポロポロ出そうになるほど、ほとほと疲れた時、ある戸建てに出会った。キリ曰く、運命らしい。

それは屋上庭園のある家だった。


キリコ 「ここ何気にいいかも。屋上に出れば空が見えるし…。私がしっかり働けば買えなくはないよね?」

  「うーん…4500万だよ? 厳しいんじゃない?」

奏太  「このおうちは買えるの? 高くないの?」

キリコ 「高いけど、頑張れば買えるかも?」

奏太  「やったー! じゃあ買っちゃお」

   「そんな簡単に買えないの…。ちょっと落ち着いて計算してみたりしようよ。色々見過ぎて感覚がおかしくなってるよ、キリ」

奏太  「なんで? ママー、パパが買えないって言ってるよ 」

キリコ 「今日は買わないけど、いつかね」

奏太  「やーだ! 今日かうの!」


キリは俺の話が聞こえてないのか、目をキラキラさせて空を見ている。

こんなに涙が出るほど笑ったの、いつぶりだろう。  / 第2話 side満の画像1
こんなに涙が出るほど笑ったの、いつぶりだろう。  / 第2話 side満の画像2
こんなに涙が出るほど笑ったの、いつぶりだろう。  / 第2話 side満の画像3

――2時間ほど飲んだ俺たちはタクシーに乗り込み、閉店ぎりぎりのバッティングセンターへ向かった。

子どもの頃から来てたけど、レトロな感じが全然変わってない。変わったのは俺たちがおっさんになったこと。


江原  「フォームが崩れてないか動画撮ってあげる」

   「崩れてるに決まってるでしょ」



酔っぱらってフラフラな癖に思い切りバットを振って、俺は足がもつれて思い切り尻もちを着いた。


江原  「ぎゃははは」

タカヒロ「ひどい、マジ腹痛い」

   「あはは」



涙が出るほど笑ったのはいつぶりだろう。ストレスが飛んで行くのが見えた。





そのあと、それぞれタクシーに乗り込み、急に静かになった車内で俺はスマホニュースを見始めた。


そしてキリのインスタを覗く。

そこにはコンビニのあんぱん、どらやき、パン屋さんのあんぱん、あんドーナツ、和菓子屋さんのまんじゅう、大福など、日々あんこスイーツが乗せられている。

キリはこの半年であんこにドはまりし、あんなにはまっていた占いもそっちのけでインスタにあんこネタを披露していた。




スクロールしていくと、秋に結婚式をあげた会社の後輩ケンゾーと早智ちゃんの写真もあった。

早智ちゃんの白無垢はとても綺麗で、キリは感動して泣いていたけど、俺は早智ちゃんのお母さんが早智ちゃんにそっくりでそっちに感動したっけ。



キリが泣いた、といえば先月キリのママ友の恵美さんが旦那さんの転勤で福岡に行ってしまった。

恵美さんは「公園水濡れ事件」で奏太の着替えを手伝ってくれた人だ。

キリを筆頭におばさんたちが恵美さんと娘のハル子ちゃんの送別会で、大泣きしている動画をキリが見せてくれた。




   「…うっ、うっ、また会えるよ。同じ日本なんだもん」

キリコ 「みんなずっと…うっ、うっ、子どもたちも…うっ、うっ、恵美ちゃんとハル子ちゃんの友達だからね…うっ、うっ、ズルズルッ…あぁ、鼻水出ちゃう」

   「そうだよ、そうだよ…うっ、うっ。ティッシュあるよ…」

文乃  「いつでも川口に遊びに来て。待ってる…うっ、うっ」

   「…うっ、うっ、その時はうちに泊まって」

恵美  「みんなありがとう…うっ、うっ、色々不安もあるけど、不安ばっかりだけど…うっ、うっ、全都道府県にみんながいたらいいのに…」

一同  「……あはは!」

こんなに涙が出るほど笑ったの、いつぶりだろう。  / 第2話 side満の画像4

キリは「恵美ちゃんが遠くに行っちゃったのは寂しいけど、他のママたちと離れたくない…」と真剣な顔で俺に言った。



ムリしてでも本気で川口に家を買う気なのだろう。

今度の家族会議で本当にローンを組んで払っていけるのか話さないとな。

そう。キリが入院中に始めた月1の家族会議は今もちゃんと続いている。


12月の目標は、個々にいろいろあったけど、奏太が「サンタさんにプレゼントをもらう」とか。

家族全員としては「風邪ひかない。インフルにならない」だった。

インフルに関しては先月の目標で「家族全員、予防接種を受ける」を掲げ、目標達成できたから、大丈夫だと思うけど、とりあえず通勤中のマスクを欠かさずにしている。




――タクシーが実家に到着し、真っ暗な家の中に入った。


シャワーは明日浴びよう、と寝室に向かうと、スマホで何か文章を打ち込んでいるキリの顔が、スマホの光で浮かんで見えた。


   「…なにしてんの?」

キリコ 「これどう思う?」


キリにスマホを渡され、打ち込まれた文書を見る。

そこには、「来年の4月から息子が幼稚園に入園します。仕事を再開できそうなので連絡ください」という文章が並んでいた。


   「…ん? いいんじゃない?」

キリコ 「もたもたしてる間に屋上庭園の家が売れちゃうだろうし、仕事がもらえる当てがハッキリすれば買う方向で動けると思ってさ。入園後に私も働く…だと遅いのかなと思って。屋上庭園の家が買えるように、今から何か策を練らないと!」

   「うん……」


キリのキラキラした視線に耐えられず、俺は風呂場に向かった。


こんなに涙が出るほど笑ったの、いつぶりだろう。  / 第2話 side満の画像5





――翌日、俺たち一家は岐阜から川口に戻った。


そして週明け、俺は社長に呼び出されることになる。  

こんなに涙が出るほど笑ったの、いつぶりだろう。  / 第2話 side満の画像6

▶︎▶︎ 次回、第3話は、2/13(火)公開予定!

※ この記事は2024年03月03日に再公開された記事です。

Share!

連載「家族の選択」のタイトル画像
連載「家族の選択」 #2
さいとう美如のタイトル画像 さいとう美如