——「ご褒美で子どもを釣るのは良くない」「ご褒美がないと教育できないなんて親失格なのでは…」と感じる方も多いと思うのです。これはどう考えたらよいのでしょうか。

前回の記事では、子どもの教育方針について考えるときに、投資対効果の観点から幼児期の教育が重要であるというお話を伺いました。子どもの教育に関するママたちの素朴な疑問。今回は、実際に家庭でどのように子どもと接すると良いのか。特に難しい「褒める」をテーマに、教育経済学の専門家・中室牧子先生にお話を聞いてきました。
——「ご褒美で子どもを釣るのは良くない」「ご褒美がないと教育できないなんて親失格なのでは…」と感じる方も多いと思うのです。これはどう考えたらよいのでしょうか。
「ご褒美」自体に良し悪しがあるというよりも、その与え方の方が大切です。
経済学では「人がご褒美に対してどのように反応するか」を明らかにしようとする研究もあります。
その結果によると「すぐにもらえて、何をすればそれがもらえるのかが明確」であることが重要だとされています。
——詳しく説明をお願いします!
人は、遠い将来のことだと冷静に賢い選択ができるのに、近い将来のことだと、たとえ小さくともすぐに得られる満足を優先してしまう傾向があることがわかっています。
大人でも例えば人によって「スポーツジムに行くと健康に良い」と分かっていても、面倒で行かないなどといった傾向がありますよね。
これは実際にアメリカで行われた実験ですが、大学生を集めて、1ヶ月で8回スポーツジムに行った場合に100ドル(約10,000円)をもらえるというインセンティブ(=ご褒美)をつけた実験があります。
そうすると、そのインセンティブをつけられたグループはインセンティブがつかなかったグループより、はるかに多くジムに通いました。
この研究の面白いところは、1ヶ月後にお金をもらえなくなった後に、大学生がどういう行動をとるかを観察したところです。
そうするとお金をもらえなくなった後も、大学生はジムに通い続けたのです。
——お金をもらえなくなった後も、ですか!
これを経済学では「習慣形成」などと呼んでいます。
私は、「ご褒美」はこの「習慣形成」の呼び水とするのがよいのではないかと思っています。
誰しもやる前から、ジムに通うことや勉強することの楽しさを想像できるわけではありません。
むしろできればやりたくないと思っている人が多いでしょう。
でもジムも勉強も、続けてやっていれば体型に変化が現れたり、わからなかったことがわかるようになったりして、だんだん楽しくなってくる。
そうすれば大人も子どもも自分で続けることができるようになるはずです。
他にもアメリカで行われた研究によると、子どもにご褒美をあげる条件を「テストで良い点を取った時」と「本を読んだり宿題を終えたりした時」にわけてみると、学力テストの結果が良くなったのは後者の方でした。
すぐにもらえるような「ご褒美」であることに加えて、それが具体的に何をしたら得られるのかが明確な場合だと、より努力しやすいということが言えるのです。
——「褒めて育てる」ってよく聞きますが、何でもかんでも褒めればいいというのも少し違う気がするのです。
よくわかります。
——例えばこういう「褒め方」だとより効果がある、といったデータはあるのでしょうか?
これもよくいただく質問ですね。
もちろん「褒め方」にも効果のある方法と、そうでない方法があります。
1980年代から心理学の分野では「褒める」ことの効果が研究されています。
なかでもコロンビア大学の教授が行った、ある公立小学校の生徒を対象にした「褒め方」に関する実験は有名です。
——どんな実験なのでしょうか?
その実験では、子どもたちをランダムに2つのグループに分け、IQテストの受験後、一方には「あなたは頭がいいのね」と子どものもともとの能力を褒め、もう一方には「あなたはよく頑張ったわね」と努力を褒めるメッセージを伝えました。
そして2回目に難しいIQテスト、3回目に1回目と同程度のIQテストを行ったところ、なんと能力を褒められた子どもたちは成績を落としてしまったのに対し、努力を褒められた子どもたちは成績を伸ばしたんです。
ミュラー教授らの実験の詳細
参考:Muller,C.M.,&Dweck,C.S(1998). Praise for intelligence can undermine children's motivation and Performance.Journal of Personality and Social Psychology
——努力を褒めたら成績が伸びたんですね!
結果だけでなく、取り組み方にも違いがあったようです。
能力を褒められた子どもたちは試験のゴールを「良い成績を取ること」と考え、テストで良い点が取れないと成績について嘘をつく傾向が高かったのです。
一方、努力を褒められた子どもたちは、テストでも粘り強く問題を解こうと挑戦を続け、もし悪い成績をとっても「(能力の問題ではなく)努力が足りないせいだ」と考える傾向がありました。
——なるほど…。むやみに褒めれば良いというわけではないのですね。
そうですね。
努力を褒められないと子どもたちは伸びない、ということをこの実験は明らかにしました。
例えば「今日は1時間も集中して勉強できたね」「今月は遅刻や欠席が一度もなかったね」と、子どもが具体的に努力した内容を褒めると、子どもはその後も伸びる傾向にあります。
加えて気をつけたいのは、非常に低い水準の努力量に対して何でもかんでも「すごいね」「良いね」「素晴らしいね」「才能があるね」と言ってしまうと、逆効果になってしまうんです。
成功すれば「こんなもんでいいのか」と自分の基準を下げてしまい、失敗したときも「自分に才能がなかったからダメなんだ」と考えてしまう。
——確かに、「本人にとってそれがどのくらいの努力が必要だったのか」という正しい努力を褒める視点は、あまりなかったかもしれません。目から鱗でした…。
——低い水準の努力を褒めても逆効果というのはどういうことなのか、改めて詳しく教えていただけますか?
これは、私自身が e-learning大手のすららネットとNTT-Docomoと共同で行った研究から明らかになったことです。
この研究では、新しく開発した人工知能(AI)のオリジナルキャラクターが、小・中学生が勉強する際に何らかの「声かけ」をするという約半年間のトライアルが行われました。
声かけには、
①単なる雑談
②褒める声かけ(「すごいね!」など)
③努力を促す声かけ(「もっとがんばろう!」など)
の3つがあり、対象となる小・中学生はランダムに3つのうちのいずれか1つの声かけをする人工知能(AI)が割り当てられました。
半年後に、②の褒める声かけのグループに割り当てられた生徒たちは、①の単なる雑談のグループに割り当てられる生徒たちよりも勉強時間が少なくなるという結果になりました。
——え、それはちょっと意外ですね。
そうなんです。
どんなに褒め続けられても、やはり「自分は頑張った、良くやった」と本人が思えたときに褒められていない限り、効果は見込めないわけです。
——③のグループはどうだったんですか?
この3つのグループの中で、③の「努力を促す声かけ」に割り当てられたグループが最も学習時間が長くなりました。
例えば「1時間頑張ったね!じゃあ、あと15分やってみよう!」ともう一歩の努力を引き出す声かけをするのが有効だと分かっているんですね。
——なるほど、そうすれば、本人にとってちょっとハードルが高いことを乗り越えたという経験をつくり出せますね。
このように、少しの努力をこちらから引き出すような褒め方をしてあげると、学習の生産性を高めることができる可能性があるんじゃないかと思います。
——普通は「頑張ったね!」で終わってしまうことが多いと思いますが、プラスαの声がけがコツということですね。
ということは、何かを学習しているときは、出来るだけ側にいたほうがいいのでしょうか?
そうですね。
ずっと張り付くわけにはいきませんが、大人が側にいることの効果は確かにあります。
以前、小学校低学年の子どもを持つ親が家庭での学習にどのように関わっているか調査したことがあります。
小学校低学年の子どもの学習に対する両親のかかわりの影響
参考:Nakamuro,M.,Matsuoka,R.,&Inui,T.(2013). More time spent on television and video games,less time spent studying? RIETI Discussion Paper Series No.13-E-095
この研究の結果、「勉強するように言う」ことにはあまり効果がなく、「勉強している様子を見ている」または「勉強する時間を決めて守らせている」など、親自身が関わるやり方がだと、子どもの学習時間を伸ばすという結果になりました。
ちょっと面倒だと感じられるかもしれませんが、何らかの形で子どもの努力をきちんと把握して褒める、ということが効果的です。
子どもの年齢が幼い場合でも、子どもが何をどんな風に頑張っているのかを親や周囲の大人がきちんと判断し、褒めることができると、学習の効果は高まっていくと思います。
——関わり方のポイントが分かってきました…!
次回は、気になる「非認知能力」について中室先生にお話を伺いたいと思います。よろしくお願いします!
今回は中室先生にさまざまな研究結果から、「子どもの褒め方にはいくつかポイントがある」というお話を伺いました。
みなさんのおうちでは、子どもを褒める時に何か工夫したり、気をつけたりしていることはありますか?
コノビーでは今回、自由に読者のみなさんが投稿できるFacebookページをつくりました。
Facebookページには「グループに参加」のボタンを押すと参加することができます。
※ 承認まで時間がかかることがあります。ご了承ください。
そこではみなさんから「子どもの『褒め方』、どうしてる?」をテーマにご意見を大募集!
もちろん「こういう時にどう声をかけたらいいのかわからない…」などの疑問も受付中!
選ばれた一部の質問には中室先生にお答えいただく予定です。
ぜひみなさんFacebookページをのぞいて見てくださいね。
イラスト:うえたに夫婦
※ 今回の記事は中室牧子先生への取材を元に、記事について監修いただいております。
※ 内容につきましては一部個人の見解を含みます。
※ 「こどもちゃれんじ」と非認知能力の因果関係を保証するものではありません。
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