——教育方針を考えるにあたって、「指針」になるような考え方はありますか?

「限られた家計の中で、1番効果的に教育費を使うにはどうしたらいいのだろう…?」そんな疑問を解消するべく、教育経済学の専門家・中室牧子先生にお話を聞きました。
——教育方針を考えるにあたって、「指針」になるような考え方はありますか?
子どもは一人ひとり違っていますので、ご自身のお子さんに適した答えは異なっています。
しかし重要なことは、ある人が行った「教育や子育て」でうまくいった方法が、他の人にもうまくいくとは限らない、ということです。
個人の経験は決して一般化できるようなものではなく、個人の経験以上のものではありません。
そう考えた時、多くの個人の経験を集めて、その中から見出される「規則性」を大切にしている「経済学」の観点から考えてみるのはいかがでしょう?
——経済学の観点ってどういうものでしょうか?
はい。「教育経済学」と言って、教育の効果を経済理論やデータを用いて分析する経済学の一分野があります。
——でも、教育を投資のような「経済学」の分野だとは思っていないのですが…。
はい。初めて聞く方からはそう言われます(笑)。
もちろん金銭的な見返りを求めて子どもに教育を受けさせているわけではないでしょうから、教育を「投資」と考えることに抵抗を感じるのは自然なことだと思います。
中室牧子(なかむろ・まきこ)先生
慶應義塾大学総合政策学部准教授、政策・メディア研究科委員。教育経済学の専門家として活動し、2015年に発売した「『学力』の経済学」は30万部を超えるベストセラー。
しかし「教育がもたらしてくれるものは、子どもの就職が有利になるとか、将来の収入が高くなるということだけだ」と経済学が考えているわけではありません。
もちろん、子どもが経済的に自立した生活を送ってくれることは多くの親にとって重要でしょうが、それだけでなく「子どもに幸福で健康に過ごしてほしい」という願いもあるでしょう。
経済学の研究には、教育が幸福感や寿命、健康感に影響を与えることを示した研究もあり、私たちは教育がもたらしてくれる全てのものを金銭的な価値に引き直すのです。
——確かに、「子どもに幸福で健康に過ごしてほしい」と思った時に、何を「幸福で健康」と考えるかという基準は大切かもしれませんね…。
子どもに幸福で健康に過ごしてほしいと願わない親はいないのではないでしょうか。
この意味で、教育にいつ、どのように「投資」を行えばもっとも将来の収益率が高くなるのかという経済学の考え方を学ぶことは、決して損にならないはずだと、私は考えています。
——単刀直入な質問なのですが、幼児期から小・中・高・大学に至るまで、どの時期の投資が、一番収益率が高いのでしょうか?
確かに気になるポイントですよね。
教育経済学においては、「幼児期」の投資収益率が高い、という研究が多く発表されています。
——幼児期!その時期にお金をたくさんかけた方が良いということでしょうか?
必ずしもそうではありません。
「投資」というと教育費をかけることと思ってしまいがちですが、ここでいう「投資」はお金をかけることだけではありません。
しつけなどの人格形成や体力、健康などへの働きかけも含みます。
——「投資」はお金をかけることだけではないのですね!
以下のイラストはノーベル経済学賞受賞者であるシカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授らの研究をもとに、子どもの年齢別に「教育」にお金をかけた時の収益率をグラフにしたものです。
人的資本投資の収益率(概念図)
参考:Heckman,J.J.,&Krueger,A.B.(2005). Inequality in America: What role for human capital policies. MIT Press Books.
これを見ると、収益率は子どもの年齢が小さいうちほど高く、その後は低下の一途であることがわかります。
もっとも収益率が高いのは、子どもが小学校に入学する前の就学前教育(幼児教育)です。
——こんなに下がっていくものなんですね…。
そうなんです。
文部科学省の調査を見てみても、一般的にご家庭では、子どもの年齢が上がるほど教育にお金をかけていることがわかっています。
私立などの選択肢も増えますし、学習塾や習い事など学校外教育にもお金がかかります。
しかし高校や大学の時点では、教育から得られる便益は、その費用を下回るという見方もあるほどです。
なぜ幼児教育の収益率が高いのかについて、ヘックマン教授は次のように2つ説明しています。
1つ目は幼少期の方が技術や知識の獲得を柔軟に行えるからです。
子どもの方が「頭が柔らかい」などと言ったりしますが、まさにそういうことだと思います。
2つ目は「シナジー効果」です。
九九ができないと因数分解ができないように、ある技能を獲得すると、それが次のレベルの技能を得るための「種」になり、倍々ゲームのように技能を得ることができます。
このため、なるべく小さい時に、この「種」をたくさん与えてあげるのが良いということです。
——「小さい頃の教育が大切」とはよく言われますが、データでも証明されているのですね!
——先ほど先生は、教育上の投資は、必ずしも学力に関することだけではないとおっしゃったのですが、ちょっとイメージが湧きにくくて…。
確かに、一般的に教育というと学力を上げることをイメージしやすいですよね。
ではここで、具体的な2つの研究結果をご紹介したいと思います。
まずは、神戸大学の西村教授らが行った「しつけ」に関する研究です。
この研究では4つの基本的なモラル(=ウソをついてはいけない、他人に親切にする、ルールを守る、勉強をする)をしつけの一環として親から教わった人は、それら全てを教わらなかった人と比較すると、平均年収が86万円高い、という結果が出ています。
——幼児期のしつけの有無で年収にそんなに差が出たんですね!
他の研究も合わせて考えてみると、幼少期のしつけが、物事に取り組む「勤勉性」を育み、それが将来の仕事の中でも力を発揮するということではないかと思います。
この勤勉性というのは、IQで測れるような「認知能力」ではなく「非認知能力」のひとつと言われています。
——「非認知能力」って、初めて聞きました。
あまり聞きなれない言葉ですよね。
でも、子どもにどのような教育をしていくかを考えるにあたって、とても重要なキーワードですので、もう一つの実験を踏まえて少しだけ解説しますね。
先ほども出てきたヘックマン教授がアメリカで行った「ペリー就学前プログラム」は、ミシガン州のペリー幼稚園で3~4歳の子どもに質の高い幼児教育を受けさせることを目的に行われました。
受けた子どもたちと、受けなかった子どもたちのその後を数十年に渡って追跡調査をしました。
——数十年ですか…。すごい調査ですね。
そうですね(笑)。
「教育の効果はすぐ出ない」と言われます。
このため海外の研究では、同じ個人を長期にわたって追跡する調査がよく行われます。
これによって、幼児期に行われた教育投資が、のちにどのような効果があったのかということがわかります。
「ペリー就学前プログラム」の話に戻りましょう。
結果として、8歳くらいの時点では学力やIQなどテストで測ることのできる「認知能力」は、受けた子と受けなかった子で、どちらもだいたい同じくらいでした。
——数年の経過では、あまり差は出なかったのですね。
ところが、40歳の時点で比較してみると、質の高い幼児教育を受けたグループのほうが定職に就いている率や持ち家率、自家用車保有率などが高く、経済的に安定、社会的にも成功していたのです。
——その差はどこから生まれたのでしょうか。
ヘックマン教授や他の経済学者の分析によると、この2つのグループで獲得量が圧倒的に違っていたのは認知能力ではなく、先ほど出てきた勤勉性に代表されるような「非認知能力」だとわかっています。
非認知能力はIQテストや学力テストで測れない能力です。
国際団体ATC21sによって定められた「21世紀型スキル」や、文部科学省学習指導要領の「生きる力」とも一部重なり合っています。
「人間力」という言葉にも通じるところがあるかもしれません。
——なるほど、幼児期の教育においては「非認知能力」が重要というわけですね。
「ペリー就学前プログラム」は非常に費用対効果のよい、すなわちコスパのよい教育であったことが知られており、その理由については様々な研究が行われています。
現在の1つの有力な説は、このペリー幼稚園プログラムに毎週90分の家庭訪問が組み込まれていたことが挙げられています。
2014年に日本に来日されたヘックマン教授が慶應義塾大学で講演された時に、盛んに用いられた言葉に「Scaffold」(=橋渡しをすること)という言葉があります。
つまり、子どもたちの成長のためには、親や教師が「次のステップに進めるように橋渡しをすること」が求められているというわけです。
おそらく、ペリー幼稚園プログラムにおける家庭訪問は、保護者がこの「橋渡し」の具体的な方法を幼稚園の先生方から学ぶ機会となり、多くの保護者の子どもへの関わり方や考え方が変化したことが複数の研究で示されています。
——幼稚園の先生が知っている子どもとの関わり方のノウハウを親が知ることで、実践することができたということでしょうか。
そのように考えられます。
私も調査の時に、保護者の方にお話をお伺いすることがよくあるのですが、保護者の方の中には、保護者の役割と学校や教師の役割を明確に分けて考えられる方もいらっしゃいます。
親としてすべきことと、学校や教師がすべきことは違うというわけです。
しかし親は、教師と同様、子どもに対して様々な新しい経験や出来事、次のステップへの「橋渡し」役です。
ヘックマン教授の研究や、それ以外の多くの経済学の研究が示すところでは、家庭で親がどのように「橋渡し」役を果たすかは極めて重要で、どれほど強調しても強調しすぎることはないと私には思えるほどです。
——親の関わり方が非常に重要なんですね。
それでは気になる具体的な子どもへの接し方や、「非認知能力」のさらに詳しいお話については、次回以降の記事で伺いたいと思います!
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イラスト:うえたに夫婦
※ 今回の記事は中室牧子先生への取材を元に、記事について監修いただいております。
※ 内容につきましては一部個人の見解を含みます。
※ 「こどもちゃれんじ」と非認知能力の因果関係を保証するものではありません。
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