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  4. 子育てに正解はない。だからこそ、自分なりのポリシーを探しつづけよう。

子育てに正解はない。だからこそ、自分なりのポリシーを探しつづけよう。

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美容ライター歴15年、女性誌にメークやスキンケアの記事を書いてきた吉田瑞穂が、育児や教育をテーマに連載スタート!今回はその理由やきっかけ、子育て観を綴ります。

はじめまして、吉田瑞穂と申します。15年ほど、美容ライターとして女性誌にメークやスキンケアの記事を書いてきた私が、育児や教育をテーマに連載をさせていただくことになりました。今回はその理由やきっかけを綴ってみたいと思います。

父の大病と、それを支える母の姿

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私は、15歳の時に父が生きるか死ぬかという大病にかかり、5年に渡る闘病生活をそばで見てきました。



当時42歳、働き盛りの父に支えられ、何不自由ない生活だったのが、まさに晴天の霹靂という感じで、生活が一変しました。両親はそれでも、毎月(その後一部保険が下りましたが)100万円近い高額の医療費を支払い、自宅を手放すことなく、2人の子どもを進学させました。



蓄えは多少あったでしょうが、父に代わりそれを支えていたのは、自身も正社員として会社に勤めていた母です。



母は雨の日も雪の日も、会社を退社してから1時間かけて父が入院する病院に通い、手料理を届けていました。終わりの見えぬ入院生活の中、同じ病気に苦しむ同室の方が、まるで櫛の歯が欠けるように一人、またひとりといなくなる。それを当の父は、看病していた母はどんな気持ちで見ていたでしょうか。結局父は、再発しながらも苛酷な治療に耐え、完治。



退院後は仕事に復帰、完治後20年以上経ち定年を迎えた今も、嘱託として海外向けの仕事をこなすなど元気に働いています。これは、病院でも記録として残されるほど異例のことでした。

親から多くを学んだ学生時代。一方で、寂しさも。

この経験は、私たち姉妹に多くのことを教えました。



女性が仕事を持つということ、夫婦とは、ライフプラン、人の一生とは―。



私は、人生は一度しかなく、何が起こるか分からない、だから好きなことをしようと思い、新卒でまったく違う業界の大手企業に就職した後、独立という形で今の職に転じました。妹は、何が起こるか分からないから堅実に生きようと、公務員(教師)の道を選びました。

真逆の選択でしたが、結局は、二人とも夢だった仕事に就け、善い旦那さんと結婚、子どもにも恵まれたので、母曰く「子育ては一応成功」と。



しかしながら私の思いは少々違っていました。父の闘病を通し、自立が促され、人生観を確立できたのは自分にとって得難い経験でしたが、やはり母は仕事に看病にと忙しく不在がちになり、かなり寂しい思いもしました。

失われた母との時間を埋めるため、「子育て」をまなぶ

この歳になっても母に甘えたい気持ちがあることを、ある日、主人に指摘されて気づきました。



そこで改めて、子どもにとっての母親(または父親、それに代替する保護者)の存在、役割や心(脳)に与える影響、環境によってどう子どもは変わるのか―など貪るように本を読みました。これが、育児や教育に関心を深めるきっかけになりました。最初は私の「失われた母との時間」を埋めるためでしたが、子どもが生まれてからは、読んで得た知識を実践したりして、自分の子育てに取り入れていきました。



また、私の身内は前述のように妹、そして祖父母、叔母などたくさんの者が教職に就いています。そうした環境も、育児や教育に大きな関心を持つきっかけの一つになったと思います。

子育てに正解がないからこそ、自分なりのポリシーを

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子育て・育児 子育ての悩み

この記事を書いた人

吉田 瑞穂

KDDIを経て2001年より現職。美容ライターとして独立し15年目。1児の母。CLASSY.、JJ、VERY、STORY、美ST(光文社)、美人百花(角川春樹事...

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